1. はじめに
近年の建設業界においては、少子高齢化による人材不足、建設需要の変化、インフラ老朽化対策など、多くの課題が山積しています。とりわけ、とび・土工・コンクリート工事業をはじめとする専門工事の領域でも、これらの社会的・経済的要因が顕在化しており、企業規模や地域性によっては厳しい経営状況に置かれているケースも少なくありません。
こうした背景の中で、近年注目されている手法がM&A(Mergers and Acquisitions、合併・買収)です。M&Aは企業が他社を買収したり、企業同士が合併したりすることで、事業拡大やリスク分散、人材確保などを迅速に実現するための有力な経営戦略とされています。従来、建設業界では比較的保守的な傾向が強く、企業間の合併・買収には慎重な企業が多かった面があります。しかし、近年の事業環境の変化や後継者問題への危機感、さらには成長戦略としてのM&Aの有効性が認知されるにつれ、業界内でもM&Aの件数や検討事例が増えてきているのです。
本記事では、とび・土工・コンクリート工事業の企業を対象としたM&Aについて、全体的な市場動向から具体的なプロセス、メリット・デメリット、成功のポイントなどを総合的にご説明いたします。特にとび・土工・コンクリート工事業における経営の特徴や課題を踏まえながら、M&Aによってどのようなシナジーが得られ、またどのようなリスクが潜んでいるのかを丁寧に解説してまいります。
この記事が、建設業界関係者の皆さまや、M&Aの可能性を検討中の企業経営者の皆さまの一助となれば幸いです。
2. 建設業界におけるM&Aの背景
2.1 少子高齢化と人材不足
建設業界では、少子高齢化にともなう労働力不足が大きな課題となっています。技能労働者の高齢化が進む一方で、若年層の新規参入が十分に確保できておらず、特に専門的な知識や技術が求められるとび・土工・コンクリート工事分野は、人手不足が顕在化しています。そのため、企業が業容を拡大するうえで必要な作業員や技能者の確保が困難になり、業務を持続的に成長させるための大きな障壁となっているのです。
このような状況を打開するための方法として、M&Aによって他社の人材をまとめて取り込むことで、必要とされる労働力や技術力を短期間で補完する動きが広がっています。特に後継者不在企業の買収では、現場の職人や技術者も含めて一体的に継承できるため、買い手企業にとっては魅力的な選択肢となります。
2.2 建設需要の変動
建設業の需要は、公共工事や民間建築投資などの景気動向や政策的要因によって大きく左右されます。オリンピックや万博といった大規模イベント、また災害復興のためのインフラ整備など、一時的な需要増加の波がある一方で、設備投資の減速や公共事業予算の削減などで冷え込むこともあります。
このような景気変動に対処するために、企業は新たなビジネスチャンスを捉えつつリスク分散を図る必要があります。M&Aによって事業領域を拡大し、土木分野や建築分野など多角的に業務を展開することで、需要の変動リスクを軽減できる可能性があります。たとえば、とび工事に強みを持つ企業が、土工・コンクリート工事の経験や実績を有する企業を取り込むことで工事範囲を拡張でき、受注の幅を広げることも見込まれます。
2.3 経営者の高齢化と事業承継問題
建設業全般で深刻化している問題として、経営者の高齢化と事業承継の難しさが挙げられます。とび・土工・コンクリート工事業は中小企業の比率が高く、創業者や現経営者の年齢が高くなっていても、後継者候補が社内に存在しないケースが少なくありません。結果として、事業承継の問題が顕在化し、最悪の場合は事業の廃業に至るケースもあります。
しかし、M&Aによって他企業に事業を譲渡すれば、培ってきた技術や取引先、社員の雇用などをそのままの形で維持できます。とりわけとび・土工・コンクリート工事業など職人技術の継承が求められる分野では、長年のノウハウや信頼関係がそのまま引き継がれる点が大きなメリットです。経営者側も、自身の引退時期を迎えたタイミングで適切な後継先を見つけやすくなるため、M&Aは事業承継の有力な選択肢となっています。
2.4 業界構造の変化
建設業界は非常に多くの業者が存在する一方、元請企業・下請企業の多層構造や、受注の仕組みなど、従来の業界構造が変わりづらい分野でもあります。しかしながら、近年ではIT化や生産性向上の取り組み、建設現場の働き方改革などが進むことで、競争が激化している側面もあります。
こうした構造変化の中で生き残るためには、設備投資や技術開発、人材育成に積極的に取り組むと同時に、企業の競争力を抜本的に向上させる必要があります。その一環として、M&Aによって大きな転換を図り、技術や人材、営業基盤を瞬時に拡大するという戦略が一部の企業で選択されるようになっています。
3. とび・土工・コンクリート工事業におけるM&Aの特徴
3.1 専門技術の継承
とび・土工・コンクリート工事業はいずれも高度な専門技術を要する分野です。たとえばとび工事では足場の組立や解体、建設用クレーンの設置など安全対策を徹底しながらの高所作業が必要であり、土工事では掘削や埋め戻し、地盤改良など多岐にわたる工程管理が求められます。またコンクリート工事では、打設時の温度管理や品質管理、ひび割れを防ぐための養生など、緻密な施工技術と経験が欠かせません。
こうした専門技術は一朝一夕で習得できるものではなく、職人の育成には時間とコストがかかります。M&Aを通じてこれらの技能やノウハウをまとめて取り込むことができれば、買い手企業にとっては大きなアドバンテージになります。一方、売り手企業にとっても、培ってきた技術や従業員の雇用を維持しながら事業を継続できるというメリットがあるのです。
3.2 受注先との信頼関係の引継ぎ
建設業界では、元請企業や施主との信頼関係が受注獲得のカギとなります。とび・土工・コンクリート工事業も例外ではなく、安定した仕事を得るためには、長年にわたって築いてきた取引先との関係性が非常に重要です。そのため、M&Aによる企業統合では、新たに買収した企業の取引先をそのまま引き継ぐことができるかどうかが大きなポイントとなります。
通常、売り手企業の取引先からすると、取引先企業が別の会社のグループ傘下に入ることで、これまでと同じ品質や対応を得られるのか不安が生じるケースがあります。そこで買い手企業は、必要に応じて営業担当を売り手企業から継続雇用する、ブランド名を残して事業を進めるなど、取引先との関係を円滑に引き継ぐための施策を講じる必要があります。逆に言えば、買い手企業が取引先との関係構築に失敗すると、期待していた受注を確保できずにM&Aの成果が半減してしまう恐れもあります。
3.3 資格・許可の継承
建設業を営むには、建設業法に基づく許可(とび・土工・コンクリート工事業の許可など)が必要です。取得や維持にあたっては一定の要件を満たす必要があり、許可の更新や経営業務の管理責任者の配置など手続き面でも負担がかかります。M&Aにより許可・資格を持つ企業を買収すると、買い手企業は新たに許可を取得する手間を省き、既存の許可を継承できるメリットがあります。
ただし、許可の継承にあたっては、形式的には「許可換え新規」などの手続きが必要になる場合があります。買収のスキーム(株式譲渡か事業譲渡か)によって扱いが異なるため、許可の取り扱いを事前に確認しておくことが重要です。また、とび・土工・コンクリート工事業者が特定建設業の許可を持っている場合、資本金や経営体制など要件が厳しくなります。特定建設業許可を引き継ぐことで、より大規模な案件へ参入できる可能性が広がる点も魅力と言えるでしょう。
3.4 重機や設備の有効活用
土工やコンクリート工事では、重機(バックホー、ブルドーザー、クレーン車など)やコンクリートポンプ車といった高額な機械設備が必要となるケースが多いです。これらの設備は調達コストが大きく、保管やメンテナンスにも費用がかかります。M&Aによって買い手企業が重機や設備を所有する売り手企業を取り込めば、大きな初期投資を避けつつ、必要な設備をまとめて取得できるメリットがあります。
一方、売り手企業としても、遊休資産を抱えていたり、設備の更新時期が迫っていたりする状況ならば、M&Aのタイミングで資産価値を評価してもらうことで有利に交渉できる可能性があります。ただし、老朽化した設備が多い場合は買い手の評価が下がる恐れがあるため、事前のメンテナンスや整備履歴の管理、耐用年数の把握が重要です。
4. とび・土工・コンクリート工事業M&Aのメリットとデメリット
4.1 買い手企業のメリット
- 技術力・人材の獲得
とび・土工・コンクリート工事業に必要な専門技術や経験豊富な人材をまとめて獲得できます。技能者不足が深刻化している中で、これは大きな魅力と言えるでしょう。 - 取引先の拡大
売り手企業が築いてきた取引先や営業ルートをそのまま引き継ぐことで、受注機会を広げられます。特に既存事業の領域が被らない場合は、新しい分野への参入がスムーズに行えます。 - 許可の継承
とび・土工・コンクリート工事業の建設業許可をはじめ、所有する資格をそのまま継承できるため、手続きの手間やリードタイムを大幅に短縮できます。 - 競合排除・シェア拡大
同地域や同分野の企業を買収することで、競合関係にあった企業を自社グループ化し、市場シェアを高めることが可能です。 - 設備活用
保有している重機や作業設備、資材置き場などを一括して取り込めるため、設備投資の負担を減らしつつ、工事の効率化を図れます。
4.2 買い手企業のデメリット
- 統合コスト・リスク
M&A後のPMI(Post Merger Integration)に多大なコストと時間がかかります。組織文化の違いや経営方針の相違により、人材の流出や取引先の離反リスクが伴います。 - 買収価格の負担
M&Aには多額の資金が必要となるケースがあり、その後の融資条件が厳しくなる可能性もあります。投資回収がうまく進まない場合、財務リスクが高まります。 - 不良資産や債務の引継ぎ
買収対象企業に簿外債務や不良在庫、老朽化した設備などが含まれる場合、十分なデューデリジェンスを行わないと予想外の負担を抱え込むリスクがあります。 - 許可・資格の再手続きの可能性
スキームによっては許可換え新規などの追加手続きが必要となり、許可が下りるまでの工事受注に制限がかかるリスクもあります。
4.3 売り手企業のメリット
- 事業継続と従業員の雇用安定
後継者不在の状態で廃業の危機を迎えるより、M&Aを通じて事業を存続させれば、従業員の雇用や顧客との関係を維持できます。 - 経営者のリタイアや資産化
経営者は企業の売却益を得ることで個人の資産を形成できます。また、経営の第一線から退きたい場合には、段階的に経営を引き継ぐスキームも選択可能です。 - 信用力や財務力の補完
買い手企業のグループに入ることで、金融機関からの融資条件が良くなる場合があります。また、信用力のある企業の傘下に入ることで取引拡大が見込めるケースもあります。 - 経営課題の解消
人材不足や設備投資の負担、マーケティング力の弱さなど、単独では解決が難しい課題を、買い手企業のリソースを活用して克服できる可能性があります。
4.4 売り手企業のデメリット
- 経営主導権の喪失
企業を売却すると、これまで自由に行っていた経営判断ができなくなり、グループ企業の方針に従う必要があります。 - 企業文化の変化
M&Aにより経営体制や企業ブランドが変わるため、従業員が戸惑ったりモチベーションを失ったりするリスクがあります。 - 買収側との交渉リスク
企業価値の評価や雇用継続の条件など、買い手企業との交渉が難航すると、売却時期が先送りになったり成立が白紙になったりする可能性があります。 - 秘密保持義務と手続きの煩雑さ
M&A交渉中は企業情報を開示する必要があり、秘密保持契約を結んでも情報漏洩リスクはゼロではありません。また、必要書類の整備など手続き負担も大きくなります。
5. M&Aの流れと主要プロセス
とび・土工・コンクリート工事業のM&Aに限らず、一般的にM&Aは以下のプロセスに沿って進められます。
- 戦略立案・目的の明確化
まずはM&Aを行う目的を整理します。とび工事に強みを持つ企業が土工事やコンクリート工事を内製化したい、あるいは後継者不在のために事業を売却したいなど、具体的な目標を明確にしておきます。 - アドバイザー選定
M&A仲介会社やFA(ファイナンシャルアドバイザー)、弁護士や会計士など、専門家を選定してサポートを受けます。建設業界に詳しいアドバイザーを選ぶことで、業界特有の許可や取引の慣習に対する理解が深まり、スムーズな取引が期待できます。 - 候補企業の探索・マッチング
買い手側は、希望条件に合う売り手企業をリストアップし、秘密保持契約の締結後に情報交換を行います。売り手側も買い手企業の経営方針や財務状況、イグジット後の雇用・ブランド維持策などを確認し、マッチングを進めます。 - 基本合意書の締結(LOI:Letter of Intent)
条件面で大枠の合意が得られた段階で、基本合意書や意向表明書を作成します。ここでは、買収価格のレンジや取引スキーム(株式譲渡か事業譲渡か)、今後のスケジュールなどが盛り込まれます。 - デューデリジェンス(DD)の実施
買い手企業が対象企業の財務・税務・法務・ビジネスなど、多角的に調査を行います。特に建設業においては、工事進捗や契約内容、保有する重機・設備の状況、許可・資格の有無などを入念に確認します。 - 最終契約書の締結
デューデリジェンス結果を踏まえ、最終的な買収価格や譲渡条件を確定し、株式譲渡契約(SPA)や事業譲渡契約などを締結します。ここで、従業員の雇用継続や取引先との契約引継ぎなどの詳細も取り決めます。 - クロージング・実行
最終契約書に基づいて株式や事業の引き渡し、資金の決済が行われます。クロージング後に晴れて買い手企業と売り手企業は一体となり、グループ体制がスタートします。 - PMI(Post Merger Integration)
買収後は、統合効果を最大化するために組織再編やシステム統合、ブランド戦略の見直しなどを行います。特に建設業の場合は、現場での運営体制や安全管理の統一が重要となります。
6. M&Aを成功に導くポイント
6.1 事業の強みと価値を整理する
売り手企業は、自社の強み(施工品質、特定領域での実績、人材など)を整理し、数値化できるものは数値化することが大切です。たとえば直近期の工事受注額や特定分野でのシェア、保持している技術特許などを分かりやすく開示することで、買い手からの評価を高められます。また、保有する重機や保管倉庫の状況、取引先リストなど具体的なアセット情報もまとめておくと、交渉をスムーズに進められます。
6.2 適切な買い手・売り手のマッチング
M&Aを成功させるうえで重要なのは、目的や企業文化、経営方針が合う相手を探すことです。とび・土工・コンクリート工事業は施工現場での安全対策などが非常に重視されるため、安全意識やコンプライアンスへの取り組み姿勢が相違すると、統合後にトラブルが生じる可能性があります。
また、買い手企業が本当に必要としている技術や人材が売り手企業に存在するかどうか、互いのターゲット市場が重複していないか、相互補完が期待できるかなども精査しましょう。場合によっては仲介会社が複数の候補を提示してくれるため、それらの企業の中から最適なマッチングを見つけることが肝要です。
6.3 価格交渉とバリュエーション
買い手と売り手が折り合うためには、公正な企業価値評価(バリュエーション)が欠かせません。一般的にはDCF法(Discounted Cash Flow)や類似会社比較法、純資産法などが用いられますが、とび・土工・コンクリート工事業の場合は、次のような点も考慮する必要があります。
- 保有重機・設備の中古市場価格
- 維持管理費や運搬費用
- 請負契約の継続率や追加受注の見込み
- 施工管理者や職人の在籍年数・離職率
- 特定の取引先からの受注に過度に依存していないか
こうした要素を総合的に加味しながら、買い手・売り手双方が納得できる価格を探ることが重要です。過剰な期待や過小評価による溝が深まると、交渉自体が破談になってしまうリスクがあります。
6.4 従業員・取引先への配慮
M&Aによって経営者の交代や企業ブランドの変更などが行われると、従業員や取引先に大きな不安が生じることがあります。特に職人肌の強いとび工やコンクリート工は、現場の人間関係や作業手順を大切にする傾向があるため、突然の変化に抵抗を示す場合も少なくありません。
そのため、統合後のビジョンを分かりやすく示し、従業員や取引先に対して適切に情報提供を行うことが必要です。具体的には、以下のような施策が考えられます。
- 説明会の開催
経営陣が直接現場に足を運び、M&Aの理由や今後の方針を説明する機会を設ける。 - Q&Aリストの作成
給与体系や福利厚生の変更の有無、作業体制・安全管理の変化など、現場で疑問が生じそうな点を事前にまとめておく。 - 現場責任者との連携強化
監督や職長が社員とのパイプ役となるため、彼らに対して重点的に情報を共有し、不安の解消に努める。
6.5 PMIの重要性
M&Aを成立させることがゴールではなく、その後の統合作業こそが成功のカギを握ります。特にとび・土工・コンクリート工事業の場合、作業形態や施工手順、安全基準などの現場レベルのオペレーションが企業文化に深く結びついているため、PMIを疎かにするとトラブルが頻発し、生産性が落ちてしまうリスクがあります。
- 組織・人事の見直し
統合後の組織図を早期に決定し、責任者の配置を明確化する。 - 技術・ノウハウの共有
とび工の専門技術や土工・コンクリート工事のノウハウを相互に学べる仕組みをつくる(研修や勉強会、現場見学など)。 - システム統合
原価管理や工事管理システムなどが異なる場合は、早期に統合またはインターフェースを構築し、データ連携の円滑化を図る。 - モチベーション管理
買収された側の社員だけでなく、買い手企業の社員に対しても「なぜM&Aを行ったのか」「どんなメリットがあるのか」を共有し、協力体制を築く。
7. M&Aのスキーム
建設業のM&Aでは、主に以下の2つのスキームが検討されることが多いです。
7.1 株式譲渡
売り手企業の株式を買い手企業が取得することで、売り手企業の事業と資産、負債などを包括的に承継する方法です。メリットとしては、許可・資格の取り扱いが比較的スムーズであること、取引先との契約や従業員の雇用契約が原則として自動的に引き継がれることなどが挙げられます。一方で、簿外債務がある場合も一緒に引き継ぐことになるため、デューデリジェンスが一段と重要となります。
7.2 事業譲渡
売り手企業の特定事業(とび工事部門など)を切り出して買い手企業に譲渡する方法です。必要な資産や契約、人材を選別して移転できるというメリットがありますが、個別の許認可や契約の移転手続き、従業員の同意などが必要になるため、手間がかかる場合が多いです。また、事業全体を売却するのではなく、特定部門だけを譲渡するケースに適しています。
8. 具体的な事例
8.1 地方のとび工事会社を都市部の大手が買収
ある地方のとび工事会社は、後継者問題と人材不足に悩んでいました。そこで都市部に本社を構える大手建設企業が当該企業を買収することで、地方拠点を確保すると同時に現地の熟練職人を取り込むことができました。一方で、とび工事会社の経営者は企業の存続が叶い、社員たちも大手グループの一員となったことで給与体系や福利厚生が改善されました。M&A後は地元での公共工事を含む受注も取り込み、互いにメリットを得ることができたのです。
8.2 コンクリート圧送・打設工事企業同士の合併
コンクリート圧送工事に特化した企業Aと、コンクリート打設に強みを持つ企業Bが合併し、コンクリート工事の上流から下流まで一貫して対応できる体制を築いた事例です。従来は互いに協力関係にあったものの、それぞれ人材不足が深刻化しており、単独では大規模案件に対応しづらくなっていました。合併によって工事範囲を拡張し、保有設備の効率的な活用が進み、大手ゼネコンからの仕事を一手に引き受けるケースが増え、業績を大きく伸ばすことに成功しました。
9. 今後の展望
とび・土工・コンクリート工事業は、インフラ整備や都市再開発、災害対応など社会的ニーズが高い分野であり、今後も一定の需要が見込まれます。その一方で、建設業界の働き方改革やDX(デジタルトランスフォーメーション)、職人の世代交代などに対応するためには、さらなる投資と人材育成が不可欠です。しかし、個々の中小企業がそれらの課題を単独で解決するのは容易ではありません。
このような環境下で、M&Aは引き続き有力な戦略の一つとして位置付けられるでしょう。特に、以下のような動きが進むと考えられます。
- エリア戦略の強化
地域ごとの需要に合わせて、複数地域で展開する企業が中小を買収しネットワークを拡大する動き。 - 技術特化型M&A
特定の新技術や生産管理システムを持つ企業を買収し、付加価値を高める試み。 - 海外企業との提携や買収
将来的に海外インフラ工事への進出を見据え、海外に拠点を持つ企業とのM&Aや資本提携も検討される可能性。 - スタートアップとの連携
建設テック(ConTech)企業やDX推進企業との連携により、新しい建設手法や管理システムを導入し、生産性向上を図る。
10. まとめ
とび・土工・コンクリート工事業は、建設業界の中でも専門性が高く、一朝一夕では身につかない熟練の技術が求められる分野です。そのため、人材不足や後継者問題が顕在化しており、企業の存続や成長を阻む要因となっています。これらの課題に対してM&Aは、有効なソリューションとなり得るのです。
M&Aを通じて、買い手企業は技能や顧客基盤、許可・資格などを包括的に獲得し、事業領域を拡大するチャンスを得られます。一方で売り手企業は、後継者不在や資金調達の課題を解決しながら、事業の存続と従業員の雇用維持を実現できます。しかしながら、M&Aには相応のリスクやコストが伴うのも事実です。適切なアドバイザーの選定や、慎重なデューデリジェンス、PMI計画などが不可欠となります。
今後も建設業界は人材・資材・技術面での課題が続くと考えられますが、とび・土工・コンクリート工事業においてもM&Aが経営改革や事業成長の選択肢として、ますます注目されることでしょう。企業としては、日頃から財務状況や内部統制、技術・人材資産の整理を行い、いざという時に迅速かつ有利な条件でM&Aに臨める体制を整えておくことが大切です。
建設業の現場は、社会を支える重要なインフラを築く最前線でもあります。その担い手であるとび・土工・コンクリート工事の企業が、M&Aを含む多様な手法を通じて次世代へ技術をつないでいくことは、業界のみならず社会全体にとっても大きな意義があると言えるでしょう。今後の産業構造の変化とともに、企業規模や地域の垣根を越えた連携が進み、より強靭で持続可能な建設業界が形成されていくことを期待したいです。