第1章:はじめに
1-1.建具工事業界とは
建具工事業とは、主に住宅やオフィスビル、店舗などの建物において、ドアや窓、ふすまや障子、間仕切りといった「建具」の製造、取り付け、調整、修理、保守などを行う事業のことを指します。建具は、建物の機能やデザインを左右する重要な要素であり、外装建具だけでなく、室内の仕切りや収納扉など、多岐にわたる製品を取り扱うことがあります。
日本では、伝統的な和風建具から洋風ドア、さらにはオフィス向けのアルミパーテーションや複合素材の扉など、需要や環境の変化とともに取り扱う建具の種類が多様化してきました。また、高齢化社会やバリアフリー化の推進、さらにはSDGs(持続可能な開発目標)を背景とした環境配慮の高まりにより、建具工事業にも新たな需要と課題が生まれています。
1-2.建具工事業における課題
建具工事業は、建築やリフォームの需要に伴って一定の需要が見込める業種ではありますが、以下のような課題が指摘されることがあります。
- 後継者不足・人材不足
職人技を要することが多く、若手の育成や継承が課題となっています。高齢化や働き手の減少により、若い人材が育ちづらい傾向があります。 - 建設業全体の需要変動
新築住宅着工数の減少傾向や、景気変動、公共事業の縮小など、建設業全体の需要に左右されやすい面があります。 - 技術革新への対応
省エネルギー、環境性能の向上を求める動きが強まる中で、新素材や新工法の導入が求められています。企業としての研究開発や投資が必要となる一方、中小企業が多いため十分なリソースを割きにくいという現状があります。 - 利益率の低下
建設業界全体で労働コストや材料費の高騰が続いており、利益率の確保が難しくなる局面が増えています。特に原材料となる木材価格の高騰や輸入品価格の上昇が問題となりやすいです。
これらの課題に対して、大企業のみならず中小企業においても、経営基盤を強化し、さらなる発展を目指す手段としてM&Aが注目されています。
1-3.M&A(合併・買収)の重要性
M&A(Mergers and Acquisitions)とは、企業の合併(Mergers)や買収(Acquisitions)を通して他社の経営資源を取り込み、自社の事業拡大や新規事業の獲得、経営課題の解消を図る行為です。建具工事業界においても、以下のようなメリットが期待できます。
- 経営基盤の強化: 競争力のある企業同士が統合することでシナジー(相乗効果)を生み出し、規模の拡大によるコスト削減や取引先の拡充などを期待できます。
- 後継者問題の解決: 後継者不足に悩む企業に対しては、M&Aによりオーナー経営者がバトンを渡すことで事業の継続性を確保できます。
- 新たな技術や顧客基盤の獲得: 他社の持つ技術力や顧客チャネルを取り込むことで、業務領域の拡大や開発スピードの向上につながります。
このように、建具工事業界は今後も一定の需要が見込まれると同時に、変化や課題に直面しているため、M&Aを通じた再編や統合の動きが増えていくと考えられます。
第2章:建設業界のM&Aの概況
2-1.建設業界におけるM&Aの動向
日本の建設業界は、大手ゼネコンから地方の中小企業まで幅広い企業が存在し、その裾野が非常に広い産業です。バブル崩壊後の長期的な景気停滞や少子高齢化、新型コロナウイルス感染症の影響など、さまざまな環境変化が重なり、企業の再編が進んでいます。
近年では、建設業者同士の統合だけでなく、異業種からの参入や海外企業との連携など、M&Aの形態も多様化しています。また、国土交通省が主導する働き方改革や新技術導入の促進により、建設現場の効率化が期待される一方、IT投資や新技術への対応が間に合わない企業が淘汰されるリスクも高まっています。こうした変革期において、M&Aを活用してスピーディにリソースを取り込もうという動きが今後ますます加速するでしょう。
2-2.中小企業におけるM&Aの活発化
建設業界全体としては、比較的大手企業の業績は堅調ですが、地域に根差した中小企業は、少子高齢化や地方の人口減少といった構造的課題に直面しています。これに伴い、後継者不足や業績の伸び悩み、人材確保の難しさを背景に、M&Aにより大手や同業他社との協業を図るケースが増えています。
また、中小企業庁や金融機関などからも、事業承継問題の解消策としてM&Aが積極的に推奨されており、M&A仲介会社も充実してきました。そのため、建設業界における中小企業のM&Aも以前に比べてハードルが下がりつつあり、比較的小規模な会社であっても、M&Aを検討しやすい環境になっています。
2-3.建具工事業のM&Aに特有の動き
建設業界の中でも、建具工事業は専門性が高く、職人技が求められる分野です。企業規模は中小零細が多く、現場ごとの受注形態が中心となりがちです。そのため、企業のトップが経営の多くを担い、技能も自ら習得しているケースが少なくありません。
他方、近年は省エネ性能の高いサッシや断熱効果のある窓、バリアフリー対応のドアなど、高付加価値商品の需要が増加傾向にあります。こうした建具の製造・設置には高度な技術や資格が必要となり、さらにデザイン性や機能性も問われるようになっています。こうした背景から、より高度な技術を持つ企業や、異なる得意分野を持つ企業とのM&Aにより、技術力や営業力を補完し合う動きが期待されているのです。
第3章:建具工事業のM&Aが注目される理由
3-1.事業承継問題の顕在化
日本全体の中小企業が抱える最大の課題のひとつに、「事業承継問題」が挙げられます。建具工事業においても、オーナー経営者が高齢化し、後継者が見つからないまま事業を畳んでしまうケースが増えています。建具工事業は属人的な部分が大きく、長年の経験や技能が蓄積されている企業が多い反面、その経営者が引退すると技術の継承もままならなくなってしまうというリスクがあります。
こうした事業承継の難しさを打開する手段としてM&Aが挙げられます。後継者不在の場合でも、買い手企業に引き継ぐことで、従業員の雇用が維持され、企業としての技術や取引先との関係性が存続します。これにより地域の産業や雇用を守るという社会的意義も大きく、行政や金融機関も積極的に支援しています。
3-2.技術力の相互補完
近年、断熱性能の高いサッシや遮音性に優れた窓枠、さらにはスマートドアや電子キーシステムなど、建具にもさまざまな技術革新が進んでいます。建具工事業者には、現場での施工だけでなく、こうした先端技術を扱うための知識やノウハウが求められます。しかし、中小企業では新製品や新技術への投資負担が大きく、開発スピードも限られてしまうという課題があります。
そこで、M&Aを通じて他社の技術力を一体化することは、大きなメリットとなります。例えば、木製建具を得意とする企業が、アルミサッシや樹脂サッシを得意とする企業を買収することで、商品ラインナップを拡充し、幅広いニーズに応えることができるようになります。また、ITやIoTを取り入れたスマートホーム市場に対応した建具を提供したい場合に、関連する技術を持つ企業を買収することで、一気に参入障壁を下げることができます。
3-3.営業力・顧客基盤の拡大
建具工事業は、多くの場合、建設会社や工務店、設計事務所などからの受注を通じて仕事を獲得します。長年の取引実績やネットワークが大きな強みになりますが、一方で新規顧客の開拓が難しく、営業力を強化しづらい側面もあります。
M&Aを通じて、異なる顧客ネットワークを保有する企業同士が統合すれば、新たな市場や顧客層に一気にアプローチできる可能性があります。例えば、商業施設向けの建具工事に強みを持つ企業と、戸建住宅のリフォームやバリアフリー対応建具に強い企業が統合すれば、それぞれが得意とする分野での顧客基盤を共有でき、受注チャンスが格段に広がります。
3-4.スケールメリットによるコスト削減
中小企業では、仕入れコストや人件費、管理コストが企業規模の拡大に伴って削減できる可能性があります。建具工事業でも、資材の共同調達や共通の設備投資、人員の効率的配分などにより、運営コストを下げることが可能です。特に、同業種間でのM&Aの場合は、資材や施工のノウハウを共有しやすく、統合後の効果を短期間で得ることが期待できます。
第4章:建具工事業のM&Aプロセス
4-1.戦略立案と目的の明確化
M&Aを成功させるためには、まず自社の経営課題や将来の方向性を明確にし、M&Aを通じて何を達成したいのかをはっきりさせる必要があります。建具工事業の場合、「後継者問題の解決」「新技術の獲得」「顧客基盤の拡大」「規模拡大によるコスト削減」など、さまざまな目的が考えられます。
これらの目的を整理したうえで、どのような企業と組むのが最善なのか、同業種か異業種か、買い手として自社が主導するか、それとも売り手として他社に自社を託すのか、といった方向性を固めていきます。
4-2.対象企業の選定・探索
M&Aの目的が明確になったら、対象となる企業の選定・探索に移ります。この段階では、M&A仲介会社や金融機関、専門コンサルタントなどの外部リソースを活用するのが一般的です。建具工事業の場合は、同業種間のM&Aでは取り扱い製品の相性や地域性、技術レベルなどが重視されます。一方、異業種との統合を狙う場合は、建設業界外の企業とも連携しながら、シナジー効果が期待できるかどうかを見極めます。
4-3.打診・意向表明
候補企業が見つかったら、相手企業に打診を行い、M&Aに対してどの程度興味や関心があるかを確かめます。売り手の場合は、「事業承継に関心がある」「会社の売却を具体的に検討している」などのニーズを持っていることが多いです。買い手側としては、「技術力の強化」「新規顧客獲得」「地域展開の強化」などの目的を提示し、具体的な交渉に入る前に互いの意向をすり合わせます。
4-4.デューデリジェンス(DD)
双方の意向が合致し、基本的な条件や価格帯などに合意が見込まれる段階になったら、買い手側が売り手企業の実態を詳しく調査する「デューデリジェンス(DD)」を実施します。デューデリジェンスの範囲は以下のように多岐にわたります。
- 財務DD: 売り手企業の決算書、財務諸表、キャッシュフローなどを分析し、潜在的な負債やリスク、将来の収益性を評価します。
- 税務DD: 過去の税務申告や税務リスクの有無を調べ、買収後に発生する可能性のある追加税金を把握します。
- 法務DD: 契約書や許認可、登記情報、訴訟リスク、知的財産権などを確認し、法的リスクを洗い出します。
- 労務DD: 従業員の雇用形態や給与体系、社会保険の適正などを調査し、労務リスクを把握します。
- ビジネスDD: 主に事業内容や市場シェア、主要顧客・仕入先との契約、技術力やノウハウなど、事業面での強みと弱みを分析します。
建具工事業の場合、特に建設業許可の有無や種類、過去の施工実績、クレームや不具合の履歴、職人や技能者の確保状況といった部分が重要視されます。また、元請け・下請け構造やマージン率も収益性を左右するため、詳しく調べる必要があります。
4-5.最終契約の締結
デューデリジェンスの結果を踏まえて、買収価格や支払い条件、経営権の移転方法、役員や従業員の処遇、のれん代の取り扱いなどを最終的に詰めていきます。合意が得られたら、株式譲渡契約や事業譲渡契約などの正式契約を締結し、必要に応じて関係機関への届出・許認可手続きを行います。
4-6.PMI(Post Merger Integration)
契約が成立して終わりではなく、統合後の経営をどのように円滑に進めていくかが、M&Aの成否を大きく左右します。これをPMI(Post Merger Integration)と呼びます。具体的には、組織体制の再編、社内制度や業務フローの標準化、従業員への周知や教育、顧客・取引先への説明などが必要になります。
建具工事業の場合は、実務での協力体制(人員の配置、現場管理など)をどのように統合するかが重要です。また、施工技術や設計ノウハウの共有がスムーズに進むよう、研修や共同作業の機会を増やすことが求められます。
第5章:建具工事業M&Aの成功ポイント
5-1.経営者・幹部社員のコミットメント
建具工事業は、現場の職人や営業担当の活躍によって支えられているものの、企業トップの経営方針や判断が大きな影響力を持ちます。M&A後の統合をスムーズに進めるためには、経営者や幹部社員が積極的にリードし、社内外に明確な方針を打ち出すことが欠かせません。特に後継者問題の解決を目的としたM&Aの場合、元のオーナー経営者の信頼を引き継ぎながら、新たな経営陣がリーダーシップを発揮できるよう配慮する必要があります。
5-2.属人的な技術・ノウハウの継承
建具工事業は、職人技や経験則に裏打ちされたノウハウが大きな価値を持っています。そのため、M&Aによって会社が統合されても、それらの技術やノウハウが継承されなければ価値が低下してしまいます。買い手企業は、売り手企業のベテラン社員や技能者が円滑に働ける環境を整え、モチベーションを保つように配慮すべきです。
また、デジタル化などの技術を使って、図面や施工手順、過去の施工事例のデータベース化を進め、ノウハウを形式知化する取り組みも重要です。これにより、時間の経過とともに属人的な技術が失われるリスクを低減できます。
5-3.組織・制度面の統合計画
M&A後は、企業文化や就業規則、給与体系、評価制度などに違いが生じやすくなります。こうした違いを放置すると、従業員の不満や混乱が高まり、離職リスクの増大や生産性の低下につながります。そのため、PMIの段階で、組織・制度面の統合計画をしっかりと策定し、段階的に実行していくことが大切です。
特に現場作業の進め方や安全管理のルールなど、建具工事業特有の職場環境に応じた合意形成が必要になります。統合までのスケジュールや責任者を明確にし、従業員との対話を密に行うことが成功のカギです。
5-4.取引先・顧客への丁寧なアプローチ
建具工事業は、元請けの建設会社や工務店などとの信頼関係で成り立っている部分が大きく、M&Aによって企業が変わると取引先からの不安や疑問が生じる可能性があります。取引先や顧客に対しては、早期にM&Aの背景やメリット、今後のサービス・品質保証などを丁寧に説明し、不安を解消することが重要です。
また、M&Aにより取扱商品やサービス領域が拡大する場合は、新たな提案やメリットを積極的にアピールすることで、受注拡大につなげられる可能性もあります。既存の取引先を離脱させないように配慮しつつ、新たな顧客を獲得するチャンスとして前向きに捉えることが大切です。
第6章:建具工事業M&Aのリスクと留意点
6-1.事前調査不足によるトラブル
M&Aが上手くいかない最大の原因のひとつに、「事前調査不足」が挙げられます。デューデリジェンスで潜在的なリスクを見逃した場合、買収後に想定外の負債や訴訟問題が発覚したり、技術・ノウハウが期待ほど引き継がれなかったりするトラブルが生じます。特に建具工事業では、過去の工事トラブルやクレーム履歴、瑕疵の保証期間などに関してしっかり調査することが求められます。
6-2.企業文化の違いによる摩擦
建具工事業といっても、企業のサイズや地域性、オーナーシップの有無によって企業文化は大きく異なります。M&A後に、職人同士のやり方の違いやコミュニケーションスタイルの違いが原因で対立するケースがあります。こうした文化的な摩擦を放置すると、従業員の士気低下や離職が進み、M&Aによって得ようとした価値が毀損してしまいます。
PMIの段階で、お互いの違いを理解しながら、共通の目標やビジョンを設定し、コミュニケーションを促進する取り組みが重要です。
6-3.過大評価(バリュエーション・プライシング)のリスク
M&Aにおいては、買収価格をどのように算定するかが重要なポイントです。売り手側は事業の価値を高く見積もりたい一方、買い手側はできるだけ安価で買いたいという利害関係が存在します。建具工事業は有形固定資産が比較的少ない場合もあり、職人やノウハウなどの無形資産をどう評価するかが難しくなります。
過大評価により高額の買収資金を投入すると、買収後のキャッシュフロー計画に狂いが生じ、期待したリターンが得られない可能性があります。一方、過小評価しすぎて売り手との交渉が破綻するケースもあります。相場感や同業他社の事例、将来性などを総合的に判断し、慎重にバリュエーションを行う必要があります。
6-4.許認可や資格要件の継承問題
建具工事業を行うには、建設業許可や各種資格が必要となります。M&A後にそれらの許可や資格が引き継がれるのか、改めて取得が必要なのか、事前に確認が欠かせません。特に、法人形態の変更や社名変更、役員交代などによって許可の取り直しが必要になる場合もあります。許認可の申請に時間を要すると、実質的に工事が受注できない期間が生じるリスクがあるため、早めに確認しておくことが重要です。
第7章:建具工事業M&Aのバリュエーション方法
7-1.DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)
企業価値を算定する代表的な手法として、DCF法があります。将来生み出すキャッシュフローを割引現在価値に換算し、それを合計して企業の理論価値を算定します。建具工事業の場合、受注状況や工事のサイクル、材料費の変動などがキャッシュフローに大きく影響を与えるため、適切な前提条件を設定することが難しく、注意が必要です。
7-2.類似会社比較法(マルチプル法)
上場企業や同業種の取引事例の財務指標(PERやEV/EBITDAなど)を参照して、自社の業績指標と比較することでおおまかな価格帯を把握する手法です。建具工事業は多くが中小企業であり、上場企業の事例が限定的かもしれませんが、近しい業態や工事業種のマルチプルを参考にすることがあります。
7-3.純資産価額方式(簿価純資産法)
企業が保有する資産価値から負債を差し引いた金額をもとに企業価値を算定する方法です。建具工事業では、設備や在庫、保有資産が少ないケースもあるため、単純に簿価純資産を評価しても事業価値を十分に反映しない場合があります。属人的な技術や取引関係などの無形資産をどう評価するかが課題となります。
7-4.収益還元方式
過去の実績や今後の収益力をベースに評価を行う手法です。中小企業では、オーナーの個人的な費用が経費化されていたり、役員報酬が高かったりなど、特殊な形態がある場合があるため、正しい収益力を把握するための修正作業(リキャスト)が重要となります。
建具工事業のバリュエーションでは、上記の手法を複数組み合わせ、最終的な折衝によって価格を確定するのが一般的です。自社の強みや将来性を適切にアピールし、相手企業の視点も踏まえて妥当な価格を設定することが必要です。
第8章:建具工事業M&Aの実例・ケーススタディ
8-1.同業種間M&Aの事例
例えば、木製建具を得意とするA社と、アルミサッシの施工に強いB社が、互いの施工領域を補完する目的でM&Aを行ったケースを考えてみましょう。A社は伝統的な木製ドアや和風建具のニーズに強みがあり、地域の工務店や大工との関係が深い一方、アルミサッシの施工は得意ではありません。B社は大手ハウスメーカーやビルディング会社からのアルミサッシ施工を多く請け負っていますが、デザイン性が求められる木製建具の分野は不得意です。
両社が統合することで、A社はアルミサッシ領域を一気にカバーでき、新規顧客を開拓できるメリットがあります。B社は木製建具における職人技やデザイン力を取り込み、より多様な案件を受注できるようになります。結果として、両社は原材料の共同調達や施工人員の融通などでコスト削減が実現し、売上も拡大していきました。
8-2.異業種からの参入によるM&A
最近では、住宅設備メーカーやIT企業が建設業界に参入する例も増えています。スマートホーム関連サービスを手掛けるC社が、建具工事業D社を買収したケースを例に挙げます。C社はスマートロックや顔認証システムなどIT色の強い製品を開発していましたが、実際の施工やアフターサービス体制を整えるのが難点でした。そこで、D社が持つ施工ノウハウや全国の工務店とのネットワークに着目し、M&Aを実行。
D社としても、スマートホーム市場への参入は技術的ハードルが高かったものの、C社の製品を自社の商材として扱えるようになり、競合他社との差別化を図れました。結果的に両社のビジネスが相互補完関係に入り、建具工事+IT技術という新しい価値を提供することに成功しています。
8-3.地域密着型企業の事業承継M&A
地方で長年営業してきたE社は、オーナー経営者の高齢化により後継者が見つからず、廃業が迫られていました。ところが、大都市圏で事業を拡大していたF社が、地域の公共工事や学校施設、商業施設の実績を多く持つE社のノウハウと人材を評価し、M&Aを提案。E社は会社を続けたかったため、F社に事業を譲渡することを選択しました。
F社はE社のベテラン職人や取引関係をそのまま活かしながら、経営面やITシステムの導入を支援し、業務効率化を進めました。E社の従業員も新しい仕組みに戸惑いながらも、全国規模のプロジェクトに参加できる機会が増え、モチベーションが向上。地域においても、地元の雇用が維持され、企業の知名度が高まるなどのメリットが生まれました。
第9章:今後の展望とまとめ
9-1.建具工事業の将来性
人口減少社会である日本では、新築需要の伸び悩みが懸念されますが、一方でリフォーム需要やバリアフリー改修、環境性能向上を目的とした改修などの市場は今後も拡大が見込まれています。さらに、スマートホームやIoT技術の普及に伴い、ドアや窓などの建具にも新たな付加価値が求められるようになっています。
建具工事業は、こうした需要に対応するために技術革新やサービスの多様化を進める必要があります。中小企業が単独でこれらの変化に追随するのは難しいケースが多く、M&Aや業務提携を通じてリソースやノウハウを取り込む動きはますます活発化していくでしょう。
9-2.M&A市場のさらなる成熟
日本国内では、近年、中小企業の事業承継問題が大きく取り沙汰され、M&Aが有効な解決策として認知されるようになりました。建設業界におけるM&A仲介やコンサルティングサービスも充実してきており、より透明性の高い取引や適正価格での契約が期待できます。
今後は建具工事業においても、企業同士の統合だけでなく、異業種や海外企業との協業、ジョイントベンチャーの設立など、多様な形での連携が増える可能性があります。大企業も含めた業界再編が進む中で、自社がどのポジションを確立していくのかを戦略的に考えることが重要です。
9-3.建具工事業界におけるM&Aのポイントまとめ
- 事業承継対策: 後継者問題が深刻化する中、M&Aは有効な選択肢となっています。早めの検討と準備が重要です。
- 技術力・ノウハウの統合: 伝統的な木製建具から先端技術を活用したスマートドアまで、広範囲な商品群をカバーするためにM&Aで補完関係を築くことができます。
- 顧客基盤の拡大と相乗効果: 異なる分野や地域で強みを持つ企業同士が組めば、新たな営業チャンスが生まれ、コスト削減効果も期待できます。
- 事前調査とPMIの徹底: デューデリジェンスの精度向上と、M&A後のPMI計画の充実がM&A成功のカギです。特に属人的な技術・ノウハウの継承には注意が必要です。
- 適正なバリュエーションと価格交渉: 建具工事業における無形資産の評価や、リスク・将来性を織り込んだ価格設定が欠かせません。
9-4.おわりに
建具工事業は伝統的な技術を継承しながらも、ITや先端素材との連携により、これからも大きな可能性を秘めた業界です。一方で、中小企業が中心であり、事業承継や資金調達、技術革新への対応など多くの課題を抱えています。こうした環境下で、M&Aは単なる企業統合の手段にとどまらず、新たな価値創造や社会貢献につながる有力な選択肢となり得ます。
もし建具工事業に携わっており、将来の方向性や経営課題に悩んでいる場合は、M&Aの可能性を視野に入れつつ、外部の専門家とも協力しながら戦略的に検討してみることをおすすめします。企業同士が力を合わせ、新しい建具工事の未来を切り開くことで、顧客や地域社会にとっても大きなメリットをもたらすことでしょう。