第1章:はじめに
近年、日本の建設業界では大きな変革の波が押し寄せております。少子高齢化による労働力不足、若年層の建設業離れ、公共事業の縮小傾向、さらに新型コロナウイルス感染症の影響などが重なり、業界構造が大きく変わりつつあるのです。こうした変化の中、建設業界全体でM&A(合併・買収)が注目を集めるようになりました。
特に舗装工事業においては、インフラ老朽化対策の需要が高まる一方で、中小・零細企業を中心に後継者不足の問題が深刻化しています。公共工事への依存度が高い企業では、行政の予算削減や競争激化など、先行きに不安を感じる経営者も少なくありません。その結果、経営の安定化や事業の継続を目的として、M&Aを検討する企業が増えているのです。
本記事では、舗装工事業のM&Aにフォーカスし、その背景・目的・手続き・リスクなどを包括的に取り上げます。なぜ舗装工事業がM&Aに注目しているのか、具体的なメリットやデメリットは何か、どのように進めるのが望ましいのか、といった疑問にお答えできるよう努めてまいります。本記事を通じて、M&Aへの理解を深めていただくだけでなく、今後の経営戦略を考える上でのヒントを得ていただければ幸いです。
第2章:舗装工事業界の概要
- 2-1. 舗装工事の定義と範囲
- 2-2. 舗装工事業界の市場規模と特性
- 2-3. 業界を取り巻く環境と課題
- 3-1. M&Aとは何か
- 3-2. 合併と買収の違い
- 3-3. M&Aのメリットとリスク
- 4-1. 後継者不足と高齢化
- 4-2. 需要の変動と公共投資の先行き
- 4-3. 技術革新とICT活用
- 4-4. 地域ごとの需要格差
- 5-1. 株式譲渡
- 5-2. 事業譲渡
- 5-3. 会社分割
- 5-4. 合併
- 6-1. 公共工事入札資格の継承
- 6-2. 重機やプラント設備の扱い
- 6-3. 技術者や熟練作業員の確保
- 6-4. 地域密着型ビジネスのブランド価値
- 7-1. 準備段階(戦略策定とアドバイザー選定)
- 7-2. ターゲット企業の探索
- 7-3. アプローチと意向表明
- 7-4. デューデリジェンス(DD)
- 7-5. 価格交渉と最終契約
- 7-6. ポストM&A統合
- 8-1. 同業他社による規模拡大型のM&A
- 8-2. 異業種企業による参入型のM&A
- 8-3. 地域企業間の合併
- 9-1. 成功要因
- 9-2. 失敗リスク
- 10-1. 統合のステップ
- 10-2. 今後の展望と戦略
2-1. 舗装工事の定義と範囲
舗装工事とは、道路や駐車場などの地盤の上にアスファルトやコンクリートなどの舗装材を敷き、表面を平滑に整える工事を指します。道路工事の中でも特に重要な役割を担う分野であり、人や車が安全・快適に通行できる道路を維持するためには欠かせない技術です。舗装工事業では以下のような作業が主に行われます。
- アスファルト舗装
アスファルト合材を熱して敷き均し、ローラーなどで転圧して固める工法。一般的な道路から駐車場まで、広く用いられています。 - コンクリート舗装
コンクリートを敷き均し、硬化させる工法。アスファルトと比べて初期コストは高いものの、耐久性が高く長寿命化が期待できます。 - 表面処理・補修工事
舗装表面のひび割れやわだちを補修したり、新たな表面材を塗布したりする作業。道路の延命化や安全性向上に効果的です。 - 下地処理工事
舗装材を敷く前の地盤を安定させる工事。路盤材の敷設や転圧、場合によっては路盤改良を行うことで、道路の耐久性が左右されます。
2-2. 舗装工事業界の市場規模と特性
舗装工事の市場は、公共インフラ投資や都市開発などと密接に関連しています。景気や行政予算の動向に左右されやすい反面、人々の生活や産業活動にとって不可欠なインフラであるため、一定の需要は常に存在するといえます。
一方で、建設業全体における舗装工事は専門性が高い分野であり、特定の資格・技術を要することが多いです。そのため、ある程度の設備投資や人材育成が必要となり、参入ハードルが高いという特徴があります。しかし中小企業も多く存在しており、地域密着型の事業展開を行っている企業も少なくありません。
2-3. 業界を取り巻く環境と課題
舗装工事業に限らず、建設業全体が抱える主な課題としては、以下が挙げられます。
- 少子高齢化と人材不足
若年労働者の減少や技能継承の遅れにより、将来的に技術者や作業員の確保が難しくなることが懸念されています。 - 公共工事依存と競争激化
舗装工事は公共工事が多く、入札制度の下で競争が激化し、価格下落や利益率低下につながる可能性があります。 - 需要の偏在
都市部や大規模開発がある地域では仕事量が多い一方で、地方では人口減少によってインフラ整備予算が減少し、需要が限られてきます。 - 技術革新への対応
ICT(情報通信技術)やAI、ドローンなどを活用した新技術が普及する中、従来の工法にこだわり続けると競合他社に遅れを取るリスクがあります。
これらの課題を背景に、舗装工事業界では企業の統合や事業承継の手段としてM&Aが脚光を浴びているのです。
第3章:M&Aの基本的な考え方
3-1. M&Aとは何か
M&A(Mergers and Acquisitions)とは、日本語で「合併・買収」と訳され、企業同士が統合したり、一方の企業が他方の企業を買収したりする取引を指します。単に企業の規模を拡大するだけでなく、事業領域の拡充や経営資源の効率化、技術や人材の獲得など、多種多様な目的が存在します。
M&Aは主に「買い手(アクワイアラー)」と「売り手(ターゲット)」の間で行われます。買い手企業にとっては、外部の資源を手っ取り早く獲得する手段となり、売り手企業にとっては事業の継続や経営の安定化、後継者問題の解決が期待できる方法となるのです。
3-2. 合併と買収の違い
M&Aは大きく分けて「合併」と「買収」の2つの手法があります。
- 合併(Merger)
2つ以上の企業が統合し、法律上も1つの企業にまとまる形態を指します。吸収合併と新設合併がありますが、一般的には吸収合併が多く用いられます。 - 買収(Acquisition)
買い手企業が売り手企業の株式や事業資産を取得する行為を指します。株式譲渡や事業譲渡が代表的なスキームです。経営権の移転が起こるため、買い手企業が売り手企業を実質的に支配することになります。
3-3. M&Aのメリットとリスク
買い手側のメリット
- 事業領域の拡大
新たな顧客基盤や技術を一挙に獲得でき、売上やシェアの拡大が期待できます。 - 人材の確保
ノウハウを持つ従業員や技術者を取り込むことができ、スキル不足や人手不足を補う手段となります。 - 規模の経済・範囲の経済
合併による資材調達の効率化や施工現場のシェアリングなど、コスト削減や効率化が図れます。
売り手側のメリット
- 後継者問題の解消
高齢化の進展に伴い事業承継が大きな課題となる中、M&Aによって会社を継続させる道が開かれます。 - 資金の確保
事業譲渡や株式売却によって創業者やオーナーが資金を得ることができます。リタイア後の生活や新規事業への投資に充てることも可能です。 - 経営リスクの軽減
単独経営の場合、不況や災害などによるリスクはすべて1社で負担する必要がありますが、M&Aによってグループ企業としての体力が強化される場合があります。
M&Aのリスク
- カルチャーギャップの顕在化
企業文化の違いから、人間関係や組織マネジメントに問題が生じる可能性があります。 - 買収価格の問題
適切なバリュエーションが行われず、買い手企業が過大な買収価格を支払うケースがあります。 - 統合後のシナジー創出に失敗
統合後のシステムや組織をうまく連携できず、期待した成果が得られないリスクがあります。 - 従業員の離職
買収による待遇変化や経営方針の変更などを嫌い、優秀な人材が退職してしまう可能性があります。
第4章:舗装工事業界におけるM&Aの背景
4-1. 後継者不足と高齢化
日本全国で後継者不足は深刻な問題となっており、特に地域密着型の中小舗装工事会社では、経営者が高齢化しても後継者がいないケースが目立ちます。創業者の子どもが必ずしも家業を継ぐ時代ではなくなったこと、若い人材が都市部や他産業に流出していることが要因として挙げられます。こうした問題を解決する手段として、他社との統合や買収によって事業を存続させるM&Aが注目されています。
4-2. 需要の変動と公共投資の先行き
舗装工事の需要は公共工事が大きな割合を占めますが、行政の予算は有限であり、今後も一定の伸びが見込めるわけではありません。国や自治体によるインフラ維持・更新が必要とはいえ、財政状況が厳しい中、競争入札における価格競争が激化することが予想されます。そこで、収益源の多角化や事業規模拡大によって、入札における競争力を高めるためにM&Aを活用する企業が増えているのです。
4-3. 技術革新とICT活用
建設業界全体で、ICT技術の導入や省人化・省力化が急速に進む中、従来型の工事手法だけでは競合に勝てない局面が増えつつあります。3D計測やドローン、GPSを利用した施工管理、BIM/CIM(Building/Construction Information Modeling)の導入など、高度な技術を取り入れるためには一定の投資が必要です。一社単独で設備投資を行うことが難しい場合、M&Aによって資本力のある企業グループに参加し、新技術のノウハウを共有するケースも増えてきました。
4-4. 地域ごとの需要格差
都市部では都市再開発やビル建設に伴う道路整備など、比較的安定した需要が見込まれますが、地方では高齢化や人口減少が著しく、需要が先細りする恐れがあります。そのため、将来的に業績の見通しが暗い地方の舗装工事会社が、比較的需要の大きい地域や他の業種とシナジーのある企業に買収される事例が増えています。地域的な需要格差を埋めるためにも、M&Aという選択肢が有効だと考えられます。
第5章:舗装工事業のM&Aスキーム
5-1. 株式譲渡
株式譲渡は、売り手企業の株式を買い手企業が取得し、経営権を掌握することでM&Aを成立させる手法です。売り手は株主が保有する株式を手放すことで対価を得られ、買い手は売り手企業を子会社化して経営に介入できるようになります。舗装工事業のように法人組織化している場合、もっともオーソドックスなM&Aスキームといえるでしょう。
- メリット
- 契約スキームが比較的シンプル
- 事業をそのままの形で引き継げる
- 従業員や契約先との関係継続が容易
- デメリット
- 売り手企業の債務やリスクも承継する
- 適正な株価算定が難しいケースがある
5-2. 事業譲渡
事業譲渡は、売り手企業が自社の一部または全部の事業を買い手企業に譲渡するスキームです。株式譲渡と異なり、買い手企業は譲渡対象とする事業のみを取得し、それ以外の負債やリスクを引き継がないように契約を構築できます。そのため、舗装工事業を行う部門のみを切り出して譲渡するといった形も可能です。
- メリット
- 買い手は不要な資産や負債を引き継がなくて済む
- 売り手も必要な部門だけを残すなど柔軟な再編が可能
- デメリット
- 契約手続きが複雑になりやすい
- 従業員や取引先との契約移転手続きが必要
5-3. 会社分割
会社分割(吸収分割・新設分割)は、企業が特定の事業を別会社として切り出し、その新会社の株式を買い手企業に譲渡したり、他社へ吸収合併させたりするスキームです。事業譲渡と似たような目的で使われますが、会社法上の手続きや税務面での違いがあります。舗装工事部門を分社化して買い手企業と統合することで、事業継続と経営の効率化を同時に図るケースが考えられます。
- メリット
- 事業単位で切り分けやすく、特定事業だけのスピンオフが可能
- 従業員や債権債務も比較的スムーズに引き継ぎ可能
- デメリット
- 法的手続きが複雑で時間やコストがかかる
- 親会社・子会社間の関係整理が必要
5-4. 合併
合併は複数の企業が法律的にも1社に統合される手法で、吸収合併と新設合併があります。舗装工事業界の中小企業同士が一体化することで、規模の経済を追求したり、人材や機材を集約し効率化を図ることが期待できます。
- メリット
- 企業が単一の法人になるため、組織運営がシンプル
- 経営資源を一元化しやすい
- デメリット
- 法人格が完全に消滅する企業が出てくる
- 社名・ブランド変更による影響が大きい可能性あり
第6章:舗装工事業界特有の留意点
6-1. 公共工事入札資格の継承
舗装工事業では、公共工事の入札資格が重要です。国や地方自治体が定める経営事項審査(経審)や建設業許可を取得していなければ、公共工事の受注が不可能になる場合があります。M&Aによる法人格の変更や事業譲渡の場合、これらの許可や資格を引き継げるかどうかが大きな問題となります。
- 株式譲渡や吸収合併の場合
一般的には法人格を継承するため、許可や資格もそのまま引き継げる可能性が高いです。 - 事業譲渡や会社分割の場合
別会社として扱われるため、改めて許可取得手続きを要する可能性があります。
このように、M&Aのスキームによっては許可・資格の再取得が必要になるため、手続きのスケジュールやコストを考慮する必要があります。
6-2. 重機やプラント設備の扱い
舗装工事業ではアスファルトプラントやローラー、アスファルトフィニッシャーなどの重機が必須です。これらの設備をどのように引き継ぐかもM&Aにおいて重要な論点となります。株式譲渡の場合は企業に帰属する設備もそのまま引き継げますが、事業譲渡では設備の名義変更やリース契約の引き継ぎなど、手続きが増える可能性があります。
6-3. 技術者や熟練作業員の確保
舗装工事では熟練作業員の技術やノウハウが品質を左右します。M&Aによって経営権が変わる際、従業員が不安を抱いて退職してしまうと、ノウハウ流出のリスクが高まります。したがって、買い手企業は従業員の処遇や労働条件に配慮した統合プランを策定し、売り手企業側も従業員への十分な説明やコミュニケーションが求められます。
6-4. 地域密着型ビジネスのブランド価値
地方の舗装工事業者の中には、その地域で長年にわたり事業を営んできた結果、地元の顧客や行政から厚い信頼を得ている企業が少なくありません。このような「ブランド価値」はM&A後の経営にとっても重要な資産です。買い手企業が大手であっても、急に社名を変更したり、経営方針を一変させたりすると、地元の信頼を失いかねません。地域に根ざしたブランドや人脈をどのように継承し、活かしていくかが成功の鍵となります。
第7章:M&Aのプロセスと進め方
舗装工事業に限らず、M&Aを成功させるためには一連のプロセスを体系的に理解し、計画的に進める必要があります。ここでは一般的なM&Aのプロセスを示しながら、舗装工事業特有の注意点を交えつつ解説いたします。
7-1. 準備段階(戦略策定とアドバイザー選定)
1. 経営戦略の明確化
買い手企業の場合、なぜ舗装工事業に参入・拡大したいのか、どのようなシナジーを期待しているのかを整理しておく必要があります。売り手企業の場合は、事業承継や資金確保、リスク低減など、M&Aによって得たいメリットを明確化します。
2. アドバイザー選定
M&Aには法務や税務、ファイナンスなど専門的な知識が求められます。信頼できる会計事務所や弁護士、M&A仲介会社などを早い段階で選定し、サポートを得ることが望ましいです。舗装工事業の案件に強い仲介会社やアドバイザーがいれば、業界の事情を踏まえた助言を受けることができます。
7-2. ターゲット企業の探索
買い手企業が行うプロセスとして、ターゲット企業の探索があります。具体的には次のような方法が考えられます。
- M&A仲介会社への依頼
仲介会社に条件(売上規模、地域、事業内容など)を伝え、適合する売り手企業を紹介してもらいます。 - 業界ネットワークの活用
同業者間の人脈や業界団体などを通じて、後継者不在に悩んでいる企業情報を得るケースもあります。 - インターネットや専門サイトの活用
近年は「M&Aプラットフォーム」など、企業売買情報を掲載しているサイトも増加しています。
7-3. アプローチと意向表明
ターゲット企業が見つかったら、買い手企業は売り手企業と接触し、M&Aに興味がある旨を伝えます。売り手企業としても、潜在的な買い手がどのような企業かを知りたいはずです。ここでは「意向表明書(LOI: Letter of Intent)」を作成することが一般的で、買い手企業のM&Aに対する基本的な条件や提案が盛り込まれます。
7-4. デューデリジェンス(DD)
売り手企業の財務・税務・法務・ビジネス・人事などに関する情報を徹底的に調査し、リスクや課題を洗い出す工程です。舗装工事業では公共工事の取引履歴、重機の資産評価、入札参加資格の維持など、業界特有の論点が多いため、専門家を交えて詳細なチェックが必要になります。
デューデリジェンスで確認すべきポイント例
- 財務状況
- 売上の推移、利益率、負債の有無、資金繰り
- 工事別・年度別の原価や利益率
- 事業リスク
- 主な受注先の状況や依存度
- 公共工事案件の割合と競合状況
- 技術・設備
- 保有するプラントや重機、稼働状況、メンテナンス履歴
- 特許や技術ライセンスの有無
- 人的資源
- 主要技術者の年齢構成と就業意欲
- 従業員の資格保有状況
- 法務・許認可
- 建設業許可や経営事項審査点数の管理
- 過去の法令違反や紛争履歴
7-5. 価格交渉と最終契約
デューデリジェンスで得られた情報を踏まえ、最終的な買収価格や支払い方法、譲渡範囲などを交渉します。買い手側はリスク要因を考慮したディスカウントを求めることが多く、売り手側は企業の将来性やブランド価値をアピールして価格を維持しようとします。最終的に合意が得られれば、最終契約書(SPA: Share Purchase Agreement など)を締結し、クロージングへと進みます。
7-6. ポストM&A統合
契約が成立し、経営権が移転した後のポストM&A統合が、最も重要な工程の一つです。ここで失敗すると期待したシナジーが得られないばかりか、従業員の離職や取引先の信頼失墜を招きかねません。舗装工事業では特に以下の点に注意が必要です。
- 組織体制・役職の見直し
現場監督や技術者の配置、責任者の権限分配などを慎重に検討します。 - 重機やプラントの有効活用
両社が保有する設備をどう統合・再配置するかで、コスト効率に差が出ます。 - 人事制度や給与体系の統合
既存従業員との不公平感をなくすため、待遇を公平に見直す必要があります。 - 地域ブランドとの調和
社名や看板、営業スタイルを急に変えず、地元顧客の信頼を継続できるよう配慮します。
第8章:舗装工事業におけるM&Aの事例
8-1. 同業他社による規模拡大型のM&A
ある大手舗装工事会社が地方の中小舗装工事会社を買収した事例では、地方の企業が保有する地域密着型の営業基盤と、大手が保有する最新の施工技術が結びつくことで、両社にとってメリットが生まれました。具体的には、地方企業の後継者不足問題を解決すると同時に、大手側は現地での営業活動を効率化し、地域工事の受注拡大につなげたのです。
8-2. 異業種企業による参入型のM&A
近年では不動産開発会社やゼネコン系企業が、舗装工事業に新規参入するために中小舗装工事会社を買収するケースも増えています。背景としては、道路整備だけでなく宅地造成や再開発に伴う外構工事需要を取り込む狙いがあります。異業種からの参入は、舗装工事の現場ノウハウや技術者の確保を一気に可能とするため、短期間で事業体制を整えることができるのです。
8-3. 地域企業間の合併
地方では複数の中小舗装工事会社が合併して一社化し、地域No.1の舗装工事会社としてまとまる動きも見られます。合併によって経営資源を集約し、入札で有利な経審点数や財務力を確保できるほか、重機や作業員を共有して効率化を図ることができます。こうした地域再編の動きは、公共事業の縮小で厳しい経営環境にある地方企業が生き残りをかけて行う手段として注目されているのです。
第9章:M&Aの成功要因と失敗リスク
9-1. 成功要因
- 適切なバリュエーション
企業価値を正しく算定し、買い手・売り手双方が納得できる価格で取引を行うことが重要です。 - 明確な戦略目的
なぜM&Aを行うのか、どのような成果を期待しているのかを明確にし、社内外で共有することで統合プロセスを円滑に進められます。 - ポストM&A統合の徹底準備
経営体制や人事制度の統合、人材流出の防止策などを事前に計画しておき、契約締結後は迅速に実施する必要があります。 - コミュニケーションの徹底
M&Aでは利害関係者が多岐にわたるため、ステークホルダーとの適切な情報共有とコミュニケーションが欠かせません。特に従業員の不安を取り除くことが大切です。
9-2. 失敗リスク
- 企業文化の衝突
互いに異なる価値観や組織風土を持つ企業が統合されると、経営方針や人事制度の食い違いによりトラブルが生じやすくなります。 - デューデリジェンス不足
事前調査を怠った結果、潜在的な負債や設備の老朽化、従業員問題などが後から発覚し、追加コストやトラブルに発展する可能性があります。 - シナジー不発
買い手企業が期待するコスト削減や売上拡大のシナジーが実現しないと、投資回収期間が長引き、経営に悪影響を及ぼすことがあります。 - キーパーソンの離職
売り手企業側のキーパーソン(技術者や営業の要など)がM&A後に退職すると、ノウハウや取引先を失い、事業に大きな痛手を被るケースがあります。
第10章:M&A後の統合と今後の展望
10-1. 統合のステップ
舗装工事業のM&Aが成立した後、実際に事業を一体化し、シナジーを引き出していくための主なステップを整理します。
- 経営方針とビジョンの提示
新体制における目標や戦略を明確にし、両社の従業員に共有することで一体感を醸成します。 - 組織再編と人材配置
重複する部門の統合や合理化、技術者や作業員の再配置を行い、最適な組織を目指します。 - 設備・資源の最適化
重機やプラントの効率的な活用方法を検討し、必要に応じてリース契約の見直しなどを行います。 - ブランド戦略
地域密着企業の場合、既存のブランド名を維持するか、統合ブランドを打ち出すかを慎重に判断します。 - モニタリングと改善
定期的に統合進捗を評価し、問題があれば速やかに是正措置を取る体制を整備します。
10-2. 今後の展望と戦略
1. インフラ老朽化対策とリノベーション需要
日本の道路や橋梁などインフラは高度経済成長期に整備されたものが多く、老朽化が進行しています。舗装工事のメンテナンス需要は今後も一定の水準で維持されると予測され、補修やリノベーション工事への対応力が企業の競争力を左右するでしょう。M&Aによって資本力を強化し、保有機材や技術者を拡充することが、大規模メンテナンス案件を受注する上で有利に働くと考えられます。
2. ICT・AI活用の加速
建設業界全体でICTやAIの導入が進む中、舗装工事分野でも3D計測や自動化施工などの新技術が普及し始めています。これらの投資には多額の資金や専門人材が必要となるため、単独企業では負担が大きい場合があります。M&Aによって投資リソースを集約し、スケールメリットを生かすことで、最新技術を迅速に導入できる可能性が高まります。
3. 海外市場への進出
国内市場が縮小傾向にある中、海外のインフラ需要を取り込むために海外進出を目指す企業も増えてきました。舗装工事業界でも、東南アジアや中東、アフリカなどの新興国において道路整備の需要が高まっています。大手ゼネコンや商社と連携して海外に進出する際に、M&Aで得た資源やノウハウが役立つ可能性があります。
4. 地域連携とSDGs
近年は地方創生やSDGs(持続可能な開発目標)の観点から、地域環境との調和や社会貢献を重視する動きが広がっています。舗装工事業においても、温室効果ガス排出削減のための低炭素型アスファルトやリサイクル材の活用など、環境配慮型工法が注目されています。M&Aで規模拡大し、研究開発を強化することで、環境対策や地域貢献にも積極的に取り組むことが期待されます。
第11章:まとめ
本記事では、舗装工事業界の現状や課題、そしてM&Aの基本知識から具体的なプロセス、成功要因・失敗リスク、事例、そして今後の展望までを包括的に解説してまいりました。
舗装工事業界は公共工事に依存する部分が大きく、需給バランスや行政予算の動向によって経営環境が大きく左右されるという特徴を持ちます。また、後継者不足や人材難、ICT導入への投資負担など、業界特有の課題も多く存在しています。一方で、インフラ老朽化対策や地方創生への取り組みなど、社会から求められる役割も大きく、安定した需要が見込める分野でもあります。
こうした状況の中、M&Aは事業を継続し成長させるための有効な手段となりえます。経営資源の獲得やスケールメリットの追求、技術者・熟練工の確保など、M&Aによって得られるメリットは少なくありません。ただし、デューデリジェンスの不足や企業文化の衝突など、失敗リスクも存在するため、計画的かつ専門家の助言を得ながら慎重に進める必要があります。
今後は、舗装工事業界においてもICTやAIなどの先端技術が普及し、環境に配慮した工法が一般化するなど、さらなる変革が見込まれます。その変化に迅速かつ柔軟に対応するために、M&Aは引き続き有力な選択肢となるでしょう。本記事が、舗装工事業界の経営者や関係者の皆さまがM&Aを検討する際の参考となり、一つのヒントや指針となれば幸いです。