1. はじめに

鋼構造物工事業は、橋梁やビル、工場、プラント施設などさまざまな建築物に関わる重要なインフラ産業のひとつです。日本国内では高い技術力が評価されており、海外プロジェクトへの参画も行われています。しかしながら、少子高齢化や人口減少に伴う国内需要の先細り、働き手不足、資材価格の変動、さらには環境問題への対応など、さまざまな課題も存在しています。こうした課題を克服し、企業価値を高めていく手段のひとつとして注目されているのがM&Aです。

M&Aとは、企業が他の企業を買収したり合併したりすることで、事業規模拡大や経営資源の再構築、新規事業への参入などを実現しようとする戦略的な取り組みを指します。特に、国内市場の縮小が見込まれる中で、企業が生き残りと持続的成長を図るためには、単に新規取引先の開拓や海外展開だけでなく、M&Aの活用も重要になってきています。鋼構造物工事業界においても、事業承継問題や技術者確保の難しさ、競争環境の激化などの要因によって、中堅・中小企業を中心にM&Aに踏み切るケースが増加しています。

本記事では、鋼構造物工事業界の動向やM&Aの基礎知識、具体的な実務プロセス、リスクや注意点などを包括的に解説します。さらに、成功・失敗事例から学ぶポイントや、今後の展望に至るまで網羅的に取り上げています。M&Aに取り組む上で、なぜ今この戦略が注目されているのか、そしてどのような手順を踏むべきなのかを理解する一助となれば幸いです。


2. 鋼構造物工事業界の概要

鋼構造物工事業は、社会インフラ整備の中核を担う重要な産業です。具体的には、橋梁や高層ビル、プラント施設、スタジアムといった大規模建築物や公共事業の鋼骨組み、鉄骨工事、溶接・組立、据付などを担当します。これらの工事には、高度な技術力と専門性が必要とされるため、参入障壁が比較的高いといわれています。

2.1 市場規模と特徴

国内の鋼構造物工事市場は、公共事業の予算動向や民間建築投資などの外部要因に強く影響を受けます。国や自治体のインフラ投資、再開発需要、災害復興などのプロジェクトの有無によって、年度ごとに多少の変動はあるものの、堅調な基盤を持つと言われています。特に、高度成長期に建設されたインフラが老朽化しており、今後もメンテナンス・改修工事の需要が見込まれています。

一方で、少子高齢化による労働力不足や、若年層の建設業界離れが進んでいることも事実です。熟練工の技術継承が課題となっており、これが企業の事業存続や成長戦略に影響を与えています。こうした状況を打開する手段として、企業同士の連携やM&Aが進んでいるのです。

2.2 業界の課題

鋼構造物工事業界には、大きく以下のような課題があります。

  1. 人材不足:熟練技術者の高齢化によって、技術を承継する後継者の育成や確保が大きな課題となっています。
  2. 資材価格の変動:鉄鋼などの原材料価格は国際相場の影響を受けるため、価格の変動リスクが利益率に大きく影響します。
  3. 競争の激化:国内需要が伸び悩む中で、同業者間の価格競争や海外企業の参入が進んでいます。
  4. 設備投資負担:大規模な工場設備や高精度な溶接機器などの投資コストは高く、資本力に差がある中小企業にとっては重荷となります。
  5. 建設DXへの対応:BIM(Building Information Modeling)などの新技術が普及しつつあり、従来の工法からの切り替えが求められています。

これらの課題に対応するために、企業は多様な戦略をとる必要がありますが、そのひとつの解決策としてM&Aが注目を集めています。特に、自社のリソースだけでは解決が難しい人材確保や技術承継、さらには新技術の導入などを、一気に実現する手段としてM&Aが有効とされています。


3. M&Aの基礎知識

M&A(Mergers and Acquisitions)は、企業が合併や買収を通じて他社の経営権を獲得し、自社の事業規模や経営資源の拡大を図る行為を指します。一般的には、以下のような形態があります。

  1. 合併(Merger):複数の企業が統合して、新たに一つの企業となる行為です。合併には、吸収合併と新設合併があります。
  2. 買収(Acquisition):ある企業が他社の株式や事業資産を取得して子会社化または傘下に収める行為です。株式譲渡、事業譲渡、株式交換などのスキームが用いられます。

また、M&Aを行う動機(目的)は、以下のように整理できます。

  • 規模の拡大:売上高や顧客基盤を一挙に拡大させることで、競合他社との差別化や市場シェアの獲得を目指します。
  • 新市場への参入:海外展開や新しい業種・業態への多角化を迅速に行いたい場合に、既存企業の買収を通じてノウハウや顧客ネットワークを獲得します。
  • 経営資源の補完:人材や技術、特許など、自社に不足している経営資源を即時に手に入れる手段として用いられます。
  • 事業承継:オーナー経営者の高齢化が進む中で、後継者不足を補う方法としてM&Aが選択されることがあります。

鋼構造物工事業においても、これらの目的でM&Aが活用されることが多いです。特に、技術力の高い職人や専門技術者を抱える企業を買収することで、自社の技術力向上を狙うケースや、高齢化した経営者が後継者不在の中で会社を譲渡するケースなどが典型的です。


4. 鋼構造物工事業界におけるM&Aの動向

4.1 大手ゼネコン系との連携強化

近年、大手ゼネコンが下請け会社やグループ会社の再編を積極的に進めています。鋼構造物工事は、建設現場の中でも特に高度な技術と設備を必要とする分野であり、ゼネコンにとっても欠かせない要素です。しかし、すべてを内製化するには多大なコストがかかるため、外注先や関連子会社との関係を強化・整理する動きが見られます。これに伴って、経営が不安定な中小鋼構造物工事業者が大手グループに取り込まれる形でM&Aが行われるケースがあります。

4.2 地域密着企業の広域展開

地方で地域密着型の鋼構造物工事を手掛けてきた企業が、経営基盤を確立するために同業他社や他地域の関連企業を買収し、広域展開を図る事例も増えています。特に公共事業を中心とした売上構成の場合、特定地域だけに依存していると景気変動や入札状況に大きく左右される可能性があります。そこで、他地域に根付いた企業を買収して地域分散を図り、安定的な受注を獲得しようとする動きが見受けられます。

4.3 外国企業との連携・買収

海外マーケットでのインフラ需要拡大に伴い、日本の高い鋼構造物工事の技術力を取り込もうとする外国企業の動きも活発化しています。アジアや中東、アフリカ地域などでは大規模インフラ開発が進んでおり、日本の企業が培ってきた設計・施工技術に高い評価が寄せられています。こうした背景の中、日本の鋼構造物工事会社を買収し、自国の市場に参入させるケースや、逆に日本企業が海外企業を買収して共同受注に乗り出すといった動きも見られます。

4.4 事業承継型のM&A

鋼構造物工事業界でも、オーナー経営者の高齢化による事業承継問題が深刻化しています。子どもや親族が後を継がない場合には、廃業や規模縮小が選択肢となってしまうことがあります。そこで、外部の戦略的買い手や投資ファンドが事業を引き継ぐ「事業承継型M&A」が増えているのです。後継者不在の企業にとっては、経営者の引退後も社員や取引先に配慮しながら、企業を存続させるための有力な手段となります。


5. M&Aを進めるメリット

5.1 規模の経済によるコストダウン

鋼構造物工事業は、工場や作業場での生産工程と現場施工の両面でコストが発生します。設備投資や人員配置、資材調達など、多くの固定費がかかる構造のため、ある程度の事業規模があったほうがコスト効率が高まります。M&Aによって複数企業が統合することで、重複する管理部門や工場設備を集約・統廃合し、コスト削減が期待できます。

5.2 技術力・人材の補完

鋼構造物工事においては、溶接や組立などの熟練工による手作業が欠かせないため、人材の有無が企業の競争力を左右します。特に、高齢化で技術者が引退していく中、若手や中堅技術者の育成には長い時間とコストがかかるのが実情です。そこで、M&Aによって技術力や人材を一挙に確保することができれば、即戦力として活用できるだけでなく、技術継承のリスクも分散できます。

5.3 市場の拡大と受注機会の増加

M&Aを通じて地理的なカバレッジを広げたり、異なる業種・業態の顧客基盤を取り込んだりすることで、受注機会が拡大します。例えば、ある企業が橋梁工事に強みを持つ一方、もう一方はプラント分野に強みを持つ場合、合併後の企業は両方の分野で実績を有する総合鋼構造物工事企業となり、市場の評価が高まる可能性があります。

5.4 新技術やノウハウの獲得

近年、建設業界ではBIM(Building Information Modeling)やIoT技術を活用した建設DXの取り組みが活発化しています。自社だけでは導入に時間やコストがかかる新技術も、すでに導入済みの企業をM&Aで取り込むことで、スピーディーに活用できるようになります。これによって、効率的な施工管理や品質管理の実現が期待できます。


6. M&Aのリスクと課題

6.1 経営統合の失敗リスク

M&Aを行っても、組織文化の違いやマネジメント手法の食い違いから、思うようにシナジーが発揮されないケースがあります。特に、鋼構造物工事のように現場作業を重視する業態では、現場責任者の裁量が大きいことも多く、トップダウンでの統合が必ずしも円滑に進むとは限りません。

6.2 高額な買収コストと資金調達リスク

買収先の企業価値が過大評価されている場合や、買収金額が高額になりすぎる場合には、投資回収が不透明になります。また、資金調達の過程で借入金が増えると、財務体質の悪化により経営の安定性が損なわれるリスクもあります。

6.3 従業員や取引先の反発

買収先企業の従業員や取引先が、M&Aによる経営方針の変更を嫌って離反するケースがあります。特に、下請け構造が複雑な建設業界においては、長年培ってきた信頼関係や慣習的な取引が重視される傾向があるため、急激な改革には抵抗感が生まれやすいです。

6.4 規制・許認可の問題

鋼構造物工事業を営むには建設業許可や特定の資格が必要です。M&Aによる統合に伴い、許可や資格の名義変更などの手続きが必要となる場合や、個別の条例・自治体ルールとの整合性をとる必要がある場合もあります。こうした法的手続きに不備があると、事業継続に大きな支障が生じる可能性があります。


7. デューデリジェンス(DD)の重要性

M&Aを進めるうえで、買収対象企業の実態を正確に把握することは不可欠です。これを目的として行われるのが、デューデリジェンス(DD)です。鋼構造物工事業界ならではの視点を含め、以下のようなチェックポイントがあります。

  1. 技術・設備面
    • 工場や作業場の設備年式、保守状況、生産能力の把握
    • 施工実績や保有特許の有無、技術者の資格情報
    • 重要部品や材料の調達先と契約内容
  2. 財務面
    • 過去数年分の損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書
    • 未成工事支出金や工事損失引当金の計上状況
    • 過去の大規模工事の収支分析
  3. 法務面
    • 建設業許可やISO認証などの取得状況
    • 労働法規に関わる違反の有無(残業代未払いや社会保険未加入など)
    • クレームや訴訟リスク(特に施工不良や事故に伴う賠償問題)
  4. 人事・労務面
    • 従業員の年齢構成や離職率、技能継承プログラムの有無
    • 経営幹部やキーパーソンの去就
    • 作業員の安全教育や健康管理体制
  5. 取引先・顧客面
    • 主な取引先や発注元との契約条件、取引実績
    • 下請け企業への支払いサイトや取引条件
    • 長期契約やリピーター顧客の有無

デューデリジェンスを丁寧に行うことで、買収後に想定外のリスクが発覚することを防ぎ、適正な買収金額を算定することが可能になります。鋼構造物工事業の場合は、技術面や工事に伴うリスクが大きく、工事進捗や品質管理の実態をしっかりと確認しておくことが重要です。


8. 企業価値評価のポイント

M&Aにおいては、対象企業の企業価値評価が重要なプロセスとなります。一般的な評価手法としては以下が挙げられます。

  1. DCF法(Discounted Cash Flow 法)
    将来のキャッシュフローを割り引いて現在価値を算定する方法です。鋼構造物工事業では、受注高や工事期間、原材料費の変動予測などを考慮した詳細なシミュレーションが必要となります。
  2. 類似会社比較法
    同業種・同規模の上場企業やM&A事例と比較して企業価値を推定する方法です。しかし、鋼構造物工事業は多くが上場していない中小企業であるため、適切な比較対象の選定が難しいケースも少なくありません。
  3. 帳簿価格(簿価)や清算価値
    保有資産(工場、設備、土地など)の実勢評価を行い、負債を差し引いた純資産価値を算定する方法です。ただし、実務的にはこれだけでは将来の収益力を反映できないため、DCF法などとの併用が一般的です。

鋼構造物工事業では、企業ごとの技術ノウハウや保有資格者、取引先との関係性などが価値の大きな要素となるため、単純に数値だけでは測り切れない「のれん価値」を正しく評価することが重要です。また、工事中の案件や未成工事支出金、完成工事補償など、建設業特有の会計処理を考慮に入れる必要があります。


9. シナジー効果の発揮

M&Aの目的のひとつであるシナジー効果を高めるためには、買収前の段階から具体的な統合戦略を描く必要があります。鋼構造物工事業では、以下のようなシナジーが期待できます。

  1. 生産設備の効率化
    複数企業が所有する工場や作業場のうち、重複する設備を整理し、生産拠点を集約することで稼働率を高めます。これにより、固定費を削減しながら生産性を向上させることができます。
  2. 調達コストの削減
    規模が大きくなることで、資材や部品の一括購入が可能となり、仕入れ単価を下げることができます。また、取引先への交渉力が高まり、より有利な条件を引き出せる可能性もあります。
  3. 技術・ノウハウの共有
    それぞれの企業が得意とする分野や現場施工のノウハウを共有することで、全体的な技術水準が向上します。さらに、共同開発や研修プログラムを設けることで、若手人材の育成を強化することができます。
  4. 人材活用の最適化
    社員をグループ全体で配置転換することで、プロジェクトの需要や人員ニーズに合わせた柔軟な対応が可能となります。また、より多様なキャリアパスを提供できるようになるため、人材流出の防止効果も期待できます。

10. ポストM&Aにおける統合プロセス

M&A成立後に最も重要となるのが、買収先企業との組織統合です。ここで失敗すると、期待していたシナジー効果が発揮されず、逆にコストだけがかかってしまう可能性があります。主な統合プロセスは以下の通りです。

  1. PMI(Post Merger Integration)チームの編成
    統合後の体制構築を担う専門チームを編成し、統合計画を策定します。経営陣だけでなく、各部門のキーパーソンや外部専門家を含めることで、現場の声を反映させることが重要です。
  2. 組織・人事制度の再設計
    買収先企業と自社の組織図や職務分掌を照らし合わせ、ダブりを解消しつつ新しい組織体制を構築します。また、評価制度や給与体系が異なる場合には、段階的な統一を図る必要があります。
  3. 文化融合とコミュニケーション
    企業文化や社風が異なる組織同士が統合する場合、衝突が起きやすくなります。経営方針やビジョンを明確に示すとともに、従業員同士の交流や研修を通じて相互理解を深める取り組みが求められます。
  4. 業務フロー・システムの統合
    受発注管理や原価管理、会計システムなど、業務プロセスを円滑に統合するためのシステム連携が必要です。特に、鋼構造物工事業では工事進捗管理や安全管理など多岐にわたるため、統合プロセスに十分な時間をかけることが大切です。
  5. 早期の課題抽出とフォローアップ
    統合初期には想定外のトラブルや混乱が起きやすいため、定期的にモニタリングを実施し、問題点を早期に把握します。その上で迅速に修正策を打ち出し、全社的なベクトルを合わせる努力が必要です。

11. 成功事例とそのポイント

鋼構造物工事業界において、成功を収めているM&A事例を見ると、以下のようなポイントが共通していることがあります。

  1. 明確なM&A目的とロードマップ
    「技術力の強化」「地域拡大」「事業承継」など、M&Aを実施する明確な目的があり、買収前から統合後のロードマップを具体的に策定しているケースは成功しやすいです。
  2. 強固な経営陣のリーダーシップ
    経営トップが率先してM&Aの意義やビジョンを社内外に発信し、従業員の不安解消や取引先との信頼関係構築に努めている企業は、統合後もスムーズに組織がまとまりやすいです。
  3. PMIの早期着手と徹底
    M&A成立後は、できるだけ早くPMIを開始し、統合プロセスにおいて生じる問題を迅速に対処することで、シナジー効果を損なうことなく最大化しています。
  4. 外部専門家の活用
    M&Aの経験やノウハウが不足している場合、早い段階から弁護士や公認会計士、M&Aアドバイザーなど外部の専門家を活用し、リスクを最小限に抑えている事例が多いです。

12. 失敗事例と学ぶべき教訓

一方で、鋼構造物工事業界において、M&Aに失敗してしまったケースも少なくありません。失敗事例から学べる教訓は以下の通りです。

  1. 買収価格の過大評価
    市場や事業の将来性を楽観視しすぎた結果、実力以上の買収金額を提示し、のちに資金繰りが悪化したり、投資回収が見込めなかったりする例があります。
  2. 経営統合の遅れ
    M&A成立後、組織統合や人事制度の調整に着手するのが遅れ、企業文化の衝突が長引いてしまった結果、キーパーソンや従業員が大量退職してしまうケースがあります。
  3. 買収先の潜在的リスクの見落とし
    デューデリジェンスが不十分で、施工不良や環境リスク、労務問題などが後から発覚し、大きな損失を被る例があります。建設業特有の長期工事リスクを軽視していた点が指摘されることもあります。
  4. トップ同士の信頼関係不足
    M&A実行前の折衝段階で、お互いの企業風土や価値観のすり合わせが十分に行われていない場合、統合後の方向性が定まらず、意思決定が混乱してしまいます。

13. M&Aの実務フローと留意点

鋼構造物工事業におけるM&Aの大まかな実務フローは以下のように整理できます。

  1. 戦略立案
    自社の経営戦略や事業課題を整理し、M&Aを選択する意義や目的を明確化します。人材確保や技術力強化など、優先順位を定めることが大切です。
  2. 候補先の選定とアプローチ
    M&Aアドバイザーや業界ネットワークを活用して候補企業をリストアップし、秘密保持契約(NDA)を結んだうえで情報交換を行います。
  3. 基本合意とデューデリジェンス
    買収条件や大まかなスキームに関する基本合意を結び、並行してデューデリジェンスを実施します。技術・設備、財務、法務、人事労務など多角的に調査を行います。
  4. 最終契約の締結
    デューデリジェンスの結果を踏まえて最終条件を交渉し、株式譲渡契約や合併契約を締結します。ここでは、買収金額だけでなく、経営体制の変更や代表者の去就など、細部にわたる取り決めが行われます。
  5. クロージングとPMI
    契約日に株式や資産を移転し、支払いを行い、M&Aが成立します。その後、PMIフェーズで組織統合や業務フローの再構築を行い、早期にシナジーを創出します。

鋼構造物工事業界固有の留意点として、工事案件は長期間にわたるものが多く、途中での事業譲渡が困難なケースがあるため、契約条件やタイミングを慎重に設計する必要があります。また、建設業許可の名義変更や技術管理責任者の確保など、許可関連の手続きを無視できない点も特徴です。


14. 法務・税務上の注意点

14.1 建設業許可の継承

建設業法により、建設業を営むには一定の要件を満たした上で国土交通大臣または都道府県知事の許可を得る必要があります。M&Aのスキームによっては、この許可を継承できる場合と、新たに取り直す必要がある場合があるため、事前に確認が必要です。

14.2 下請法への対応

鋼構造物工事業では下請取引が日常的に行われているため、下請代金の支払いサイトや契約条件などが下請法に抵触しないよう留意する必要があります。買収先企業の下請取引実態も調査し、問題があれば事前に是正が求められます。

14.3 税務面の最適化

事業譲渡や株式譲渡など、M&Aのスキームによって法人税や消費税などの税負担が大きく変わります。特に多額の設備資産を抱えている場合や、不動産を所有している場合には、譲渡・取得時の登録免許税や不動産取得税も考慮しなければなりません。事業承継型の場合は、事業承継税制の適用可否も検討し、最適なスキームを選択することが重要です。


15. 外部アドバイザーの活用方法

M&Aをスムーズに進めるには、弁護士や公認会計士、税理士などの専門家のほか、M&A仲介会社やコンサルティングファームを活用することが一般的です。特に、鋼構造物工事業は建設業固有のリスクや技術的背景を理解していないと、適切なデューデリジェンスや契約条件の設計が難しくなります。

  • 法務アドバイザー(弁護士):契約書の作成・レビュー、法令遵守の確認、許認可関連のサポート
  • 財務アドバイザー(公認会計士・税理士):企業価値評価、財務デューデリジェンス、最適な税務スキームの立案
  • M&A仲介会社・コンサルティングファーム:候補先選定、交渉サポート、PMI支援

外部アドバイザーを選ぶ際には、建設業の知見やM&Aの実績、フィー体系、コミュニケーションの取りやすさなどを総合的に評価することが望ましいです。


16. 中小企業におけるM&Aの特殊性

鋼構造物工事業界は、中小企業が大半を占める特徴があります。中小企業のM&Aでは、次のような特殊要因が存在します。

  1. オーナー経営者の影響
    中小企業では、オーナー経営者の個性や人脈が企業の評価に大きく影響します。M&A後に経営者が退任すると、取引先からの信頼が低下する恐れがあるため、経営者の残留期間や顧客との引き継ぎ期間を設定することが重要です。
  2. 経営基盤の脆弱性
    大企業と比べて、組織体制や内部統制が未整備な場合が多く、決算書や業務フローが整合性を欠いているケースがあります。デューデリジェンスの過程で追加調査が必要になる場合があるため、スケジュールに余裕を持たせる必要があります。
  3. キャッシュ・フローの把握
    中小企業は、工事の進捗によって資金繰りが大きく変動しやすいです。手元資金の推移や受注状況を定期的にモニタリングし、資金ショートのリスクを把握することが欠かせません。
  4. 人材依存度の高さ
    技術者や営業担当など、特定の従業員に業務が集中していることが多く、その人材を失うと経営が一気に傾くリスクがあります。M&Aに際しては、キーパーソンの待遇や報酬、インセンティブを明確に設定するなどの対策が求められます。

17. 業界再編とM&A

建設業全体では、人口減少や公共事業費の制約などを背景に、業界再編の波が進んでいます。鋼構造物工事業も例外ではなく、大手企業の支配力が強まる一方で、中小企業同士の合併・統合により地域連合を形成する動きも見られます。こうした再編の動向を踏まえ、企業としては以下の戦略を考慮する必要があります。

  • 積極的な再編参加:自社が主導権を握って同業他社を買収・合併し、事業規模やシェア拡大を目指す。
  • 防衛的M&A:競合他社やファンドに買収される前に、戦略的パートナーと資本・業務提携を行い、経営基盤を強化する。
  • 提携・協業:必ずしも買収や合併に踏み切らず、業務提携や共同受注など柔軟な連携を図り、資本コストを抑えながらシナジーを狙う。

業界再編の潮流を的確に捉え、自社の将来像を描く中で、最も効果的なM&Aやアライアンス戦略を選択することが求められます。


18. DX(デジタル・トランスフォーメーション)とM&A

鋼構造物工事業では、BIM(Building Information Modeling)やIoTを活用した施工管理、ドローンによる現場計測など、建設DXの流れが加速しています。これらの技術導入には初期投資や専門人材が必要であり、中小企業単独では対応しきれない場合が多くあります。そこで、DX技術を持つ企業をM&Aによって取り込むことで、以下のメリットが期待できます。

  1. 革新的技術の即時導入
    DXのノウハウを持つ企業を傘下に収めることで、自社の業務効率化や品質向上を一気に進められます。
  2. 新規ビジネスの創出
    施工管理ソフトウェアの開発や、IoTセンサーを活用した予防保全サービスなど、新しい事業領域への拡張が可能となります。
  3. 若手人材の確保
    DX企業にはITスキルを持つ若手人材が多く在籍することが期待され、鋼構造物工事業に不足しがちなデジタル人材を補強できます。

DXがますます重要視される中で、M&Aを通じてデジタル技術を獲得することは、企業の持続的競争力を高めるうえでも有力な選択肢となりつつあります。


19. 今後の展望

国内市場はインフラのメンテナンス需要が一定数存在するといわれていますが、少子高齢化による総需要の伸び悩みは避けられないと予想されています。一方、海外では新興国を中心にインフラ整備のニーズが高まり、日本の鋼構造物工事会社の技術力に対する期待も大きくなっています。

19.1 海外展開の加速

M&Aを活用して海外の施工会社や関連企業と提携し、国外プロジェクトに参入する動きが今後一層進む可能性があります。グローバル展開により、国内需要の減少を補完するだけでなく、新たな成長機会を得ることが期待できます。

19.2 事業承継需要の拡大

中小企業の経営者の高齢化は鋼構造物工事業界においても顕在化しており、後継者不足が深刻化しています。今後5〜10年の間に事業承継型のM&Aが大幅に増えると見られ、これを円滑に進めるための専門家や仲介機関のサービスがさらに拡充するでしょう。

19.3 DX連携と技術革新

建設DXの波は止まらず、IoTやAI、ロボット技術の導入が加速していくと考えられます。M&Aを通じてDXに強みを持つ企業を傘下に収める動きはさらに活発化し、施工効率向上やコスト削減、品質保証など、多方面でイノベーションが期待されます。


20. まとめ

鋼構造物工事業は、国内の建設需要や公共事業、インフラ再開発などによって安定的な需要が見込まれる一方、少子高齢化や人材不足、建設DXへの対応など、多くの課題を抱えています。こうした課題を解決し、企業の持続的な成長を確保する手段として、M&Aが注目を集めています。

M&Aには、規模の経済や技術力・人材の補完、新市場への参入、事業承継など数多くのメリットがある反面、買収コストや経営統合の難しさ、法務・税務面の問題などリスクも伴います。成功するためには、以下の点を押さえておくことが重要です。

  • 明確なM&A戦略と目的設定
  • デューデリジェンスの徹底と適正な企業価値評価
  • PMI(ポストM&A統合)の早期着手と十分なコミュニケーション
  • 外部専門家の活用によるリスク低減

また、業界全体では今後も再編が進むことが予想され、大手企業と中小企業の格差拡大や、海外企業との連携など、動きが加速していくでしょう。建設DXや海外展開も視野に入れながら、自社の強みと弱みを正しく認識し、最適なM&Aの機会を捉えることが、鋼構造物工事業界で生き残るために不可欠な戦略となります。

M&Aはゴールではなく、企業価値を高めるためのプロセスの一部です。統合後の企業がどのようにシナジーを生み出し、持続的な成長を実現できるかが、最終的な成功を左右します。新たなフェーズへ移行するための手段として、M&Aを正しく理解し、計画的に活用していくことが重要です。