- 1. 建設業界を取り巻く背景とM&Aの役割
- 2. 建設業界M&Aの主要目的
- 3. 近年の建設業界M&Aの潮流
- 4. 具体的事例に見るM&Aの狙いと効果
- 5. M&Aによるシナジーの種類
- 6. 成功に向けた課題とリスク
- 7. 今後の見通しとキーワード
- 8. まとめ
1. 建設業界を取り巻く背景とM&Aの役割
1.1 建設投資の動向と課題
- 公共投資の変動
近年の公共事業は、東日本大震災からの復興、東京オリンピック・パラリンピック関連工事、各種インフラ老朽化対応などを背景に、一定の需要を維持してきました。しかし、大規模案件の集中が終わりを見せ、これからはメンテナンスや更新工事が中心になると見られます。 - 民間投資は活発化する一方、人手不足が深刻
民間ではオフィスビルの建て替えやマンションの高齢化に伴う修繕工事が存在する一方、新型コロナ禍による社会情勢の変化や原材料価格の上昇、人手不足による施工体制の逼迫など課題も目立っています。
1.2 人材不足・事業承継問題とM&A
- 後継者不在が深刻
地域に根差した建設会社や専門工事業者は、高齢化と若年層の流出が進み、後継者不在問題が深刻化しています。その一方で、全国規模のゼネコンや工事業者は地域に強い企業を求める動きが加速。M&Aは後継者問題の解決手段のひとつとして認知されつつあります。 - 人材確保をめぐる取り組み
グローバル化による外国人材受け入れ枠拡大など人手不足対策も進められていますが、施工管理技術者の確保や熟練技能者の技術継承など時間のかかる問題があり、M&Aを通じて人材や技術を補完するケースが増えています。
1.3 新規領域・成長分野への進出
- リノベーション・耐震補強・インフラ更新
マンションやビル等の老朽化対策が大きなマーケットを形成しており、耐震補強や大規模修繕、内装・外装リノベーションなどの分野は今後も需要が拡大すると予想されています。この成長分野に参入すべく、専門業者を買収してノウハウを取り入れる企業が増加。 - 再生可能エネルギー、廃棄物処理
「カーボンニュートラル」「グリーントランスフォーメーション」など、再生可能エネルギーや資源循環が注目されるなか、産業廃棄物処理・解体業・バイオマス発電や太陽光パネル関連を手がける企業の買収案件も多く散見されます。
1.4 異業種との連携が進む背景
- 家電量販店による工事会社買収
オートバックスセブンがEV充電器据付工事の対応力強化を狙い、電気設備工事の会社を買収するように、異業種企業が新市場の開拓や顧客ニーズへの即応を目的に工事会社を取り込む事例が目立ちます。 - 商社・投資ファンドの参入
財務的に安定した企業を再編するファンド案件も増えています。中堅の建設・工事会社がファンドの資金力と経営ノウハウを得て、人材教育・DX投資などを進めるケースが多くみられます。
2. 建設業界M&Aの主要目的
建設業界におけるM&Aにはさまざまな目的がありますが、主な例は下記の通りです。
2.1 コア事業の拡張・地域進出
- 同業者間の統合
同業者同士が統合して規模のメリットを得る例が多いです。特に公共工事分野では、元請け企業が地方の専門工事業者を取り込むことで、新たな市場に進出しやすくなります。 - 地域密着企業の買収
都市部・大手ゼネコンが地方の老舗企業を買収することで、地場の工事案件や人脈、営業網を獲得する事例も増加傾向です。
2.2 技術力・施工力・人材の獲得
- 大口案件の受注能力強化
特殊工事のノウハウを持つ会社を買収し、自社が担当できる施工範囲を拡大したり、工事品質を高めることが狙いです。 - ベテラン技術者の獲得
とくに基礎工事、解体、塗装、空調・電気設備など専門工事業者には熟練技術者が多く、人材流出防止も兼ねて買収する例があります。
2.3 生産性向上、サプライチェーンの効率化
- 建材の調達から施工・廃棄処理まで
解体工事会社を買収し、発生廃材の中間処理施設を自社グループ内に取り込むことで、建設副産物の効率的な循環利用や原価低減を実現するケースが典型的です。 - 施工体制のワンストップ化
M&Aにより建設プロセス全般を自社グループ内で完結できるようになると、工事期間短縮・利益率向上が期待されます。
2.4 事業の選択と集中・財務改善
- グループ再編・資本再編
親会社が保有する子会社同士を統合する、事業会社同士の吸収合併を行うといったグループ内再編の一環としてM&Aが用いられる例も多数あります。 - 財務的課題の解消
債務超過状態に陥ったゼネコンや専門工事業者が、他の企業とのM&Aを通じて経営再建を図る動きも昔から建設業界には根強く存在します。
3. 近年の建設業界M&Aの潮流
建設業界M&Aの注目ポイントは「アフター工事」や「修繕・メンテナンス」向け需要、それを支える「IT・ソフトウエア開発」分野への投資、さらには「解体・廃棄物処理」「基礎工事」「上下水道・地盤調査」「エネルギー設備」など多様な分野に及んでいる点です。本章では総合的な潮流を概観します。
3.1 水処理や地盤調査・改良をめぐる再編
近年、老朽化する上水道・下水道施設の更新や耐震強化が本格的に進行しており、水処理プラントや上下水道関連のニーズが高まっています。また、自然災害の多発に伴い、地盤調査・地盤改良工事の需要が著しく増加。こうした領域での専門技術や設備を持つ企業がM&Aの対象として注目を集めています。
3.2 住宅関連(リフォーム・リノベーション・戸建事業)での動き
リフォーム・リノベーション市場は、新築着工戸数の頭打ちを背景に堅調な需要が続く領域です。戸建分譲や地域密着の施工会社を買収することで、戸建・マンション両面の顧客基盤を強化し、アフターサービスやリフォーム需要を自社で囲い込む動きが活発化しています。
3.3 プラント・産廃処理事業への関心
火力・バイオマス発電プラントなどでの補修やメンテナンス需要が拡大する一方、解体工事・建設廃材処理も大きなマーケットと化しています。こうした廃棄物処理やリサイクル企業を傘下に収めることで、工事一式をトータルに引き受けられるようになり、受注拡大のチャンスを生かす企業が増えています。
3.4 IT・DX(デジタルトランスフォーメーション)サービスの取り込み
建設業界でも急速に進むデジタル化は、施工現場の可視化・遠隔監視や積算ソフトのクラウド化、電子黒板システムなど多様なソリューションを生んでいます。ICT活用のノウハウを持つソフト開発会社を買収して、競争力を一気に引き上げようとする企業が多いのが特徴です。
4. 具体的事例に見るM&Aの狙いと効果
ここでは、2024年から2025年に公表された特徴的なM&A事例をテーマ別に取り上げます。各事例には必ずしも建設業と直接は関連しないように見えるものもありますが、周辺領域での工事・施工ニーズへの対応力強化、将来的な建築・施工需要を見据えた再編が多く見られます。
4.1 歯科技工分野の事例
4.1.1 デンタスによるマリンデンタルの譲渡
- 概要
デンタス<6174>は、過去に歯科技工事業を拡大する目的でマリンデンタル(横浜市)を傘下に入れていたが、2023年から始めたマウスピース矯正など歯科関連分野への集中策を推進するために、マリンデンタルを同業のサプライに売却。歯科技工工場がやや採算面で課題があったと見られ、スリム化で本体の収益力を確保する意図が伺える。 - ポイント
歯科領域でも「型取り→作製→矯正」の一連フローがICT化・3D化により大きく変化しており、技工実務のアウトソース化や無人化が進む。建設業との直接的な関連は薄いものの、「成熟市場から注力事業へリソースを移す」という事業再編や子会社売却のパターンとして教訓になる。
4.2 建設関連ソフトウエア開発分野
4.2.1 あさかわシステムズによるT&Cテクノロジーズの子会社化
- 概要
あさかわシステムズ<5249>は建設業向けソフトの機能強化や販路拡大を図るため、ソフト開発会社T&Cテクノロジーズ(那覇市)を買収。T&Cは工事写真の管理や工事黒板の電子化、電子報告書の一貫管理システムに強みを持ち、建設現場でICT化を支援する技術を提供していた。 - ポイント
「工事写真」「施工管理」のデジタル化は大手ゼネコンから地方工務店まで共通ニーズとなっており、非常に拡大余地が大きい分野。ベンダーやソフト会社を取り込むことで、自社製品との連携やユーザーベース拡大を狙った動きといえる。
4.3 注文住宅設計・施工の事例
4.3.1 ロゴスホールディングス<205A>による坂井建設の子会社化
- 概要
ロゴスホールディングスは、新潟県長岡市に本拠を置く土木・建築からスタートし、近年はオリジナル注文住宅ブランドを展開する坂井建設を取得。取得価額は31億1900万円と比較的大型の買収となった。 - ポイント
坂井建設は「ディテールホーム」というブランド名でオリジナル住宅を展開し、新潟県内シェアが上位。これをロゴスHDが統合することで、新潟県での住宅シェア拡大とグループ全体の受注基盤を強化する狙いがある。公共工事や土木で蓄積した施工管理力を住宅に転用することで相乗効果も期待される。
4.4 麻生グループ内再編の事例
4.4.1 日特建設<1929>による麻生フオームクリート<1730>のTOBなどでの完全子会社化
- 概要
麻生グループ内の再編として、日特建設が気泡コンクリート工事の麻生フオームクリートをTOBで買い付け、少数株主の株式を取得。さらに麻生(グループの持株会社)が保有していた62.1%も買い受けることにより完全子会社化し、麻生フオームクリートは上場廃止となる。 - ポイント
グループ内再編によって経営の一体化を図り、地盤改良や基礎工事を主力とする日特建設と気泡コンクリート工事の麻生フオームクリートの技術をシナジーさせる狙いがある。資本市場での余計なコストを削減し、グループ全体の収益向上を図る典型的な例。
4.5 解体・廃棄物処理事業強化の事例
4.5.1 大栄環境<9336>による海成の子会社化
- 概要
大栄環境は近畿圏を主力地盤とする産廃処理大手だが、近年は埼玉の共同土木を買収するなど関東進出を積極化。この流れで千葉市を本拠地とする建物解体業の海成を買収し、子会社化する。解体工事機能をグループに取り込むことで廃棄物の受け入れを増やし、収益源を拡大する狙い。 - ポイント
解体工事からその後の廃棄物中間処理までを一貫対応するビジネスモデルは安定収益を生みやすい。老朽化建物の増加や災害廃棄物への対応など、これからも需要が見込めるため、大栄環境の成長戦略に適合するM&Aといえる。
4.6 杭工事領域の統合・拡大の事例
4.6.1 SAAFホールディングス<1447>によるユーシンの子会社化
- 概要
SAAFホールディングスは、地盤調査・改良を主力とするグループであり、東京都江戸川区のユーシンを買収。ユーシンは場所打ちコンクリート杭工事を得意とし、グループの技術を補完する形となる。 - ポイント
杭工事や地盤改良は、鉄道・橋梁などの大型インフラだけでなく、中高層建物の基礎にも欠かせない。SAAFがユーシンを取り込むことで、杭工事の技術レパートリーが拡大し、一括受注可能な領域が増えると同時に、営業基盤も強化される。
4.7 子会社の事業売却・選択と集中の例
4.7.1 メディアファイブ<3824>による匠工房の譲渡
- 概要
メディアファイブは内装工事子会社の匠工房を経営陣に譲渡。グループ事業とのシナジーが薄いと判断し、事業の選択と集中をすすめた。譲渡後も当面は一定の取引関係を継続する見込み。 - ポイント
新しい事業分野に挑戦したものの、思うような成果が得られずグループから外す「ディス・M&A(売却)」の例。建設分野にかぎらず、経営戦略における事業整理の一貫としてごく一般的になっている。
4.7.2 ASNOVA<9223>による足場工事部門の売却
- 概要
ASNOVAは足場組立撤去工事サービスを行う敦賀工事センターを平成実業に譲渡。経営資源を最適配分する中で直轄での工事サービスよりも、同業他社へ譲渡する方が総合的にプラスと判断したとみられる。
4.7.3 セグエグループ<3968>によるジェイズ・テレコムシステム株譲渡
- 概要
セグエグループはITシステム構築サービス子会社のジェイズ・テレコムシステムを、電気通信工事のNSKに譲渡。コアであるセキュリティ分野に集中する狙い。 - ポイント
ICT業界でも建設関連に応用可能なシステム構築や通信工事があり得るが、自社の主軸にふさわしくないと判断すれば譲渡して経営をシンプルにしていく選択が取られる。
4.8 建設工事会社の子会社化
4.8.1 OCHIホールディングス<3166>による弓田建設買収
- 概要
地場建設会社の弓田建設は、会津若松市を拠点に、土木・舗装から住宅建築まで幅広く展開。OCHIホールディングスが24億1500万円で全株式を取得し、東北地区に本格進出。弓田建設は戸建住宅や不動産事業も併せ持ち、OCHIホールディングスの全国建設ネットワークとの連携が期待される。
4.8.2 コンドーテック<7438>による上田建設の買収
- 概要
コンドーテックは土木建築用足場などを主力とし、架払工事を担う上田建設(北海道苫小牧市)を買収し子会社化。上田建設はプラント工事現場などの足場組立・撤去で豊富な実績がある。足場工事力の拡大が狙い。
4.8.3 E・Jホールディングス<2153>による東京ソイルリサーチの買収
- 概要
オリックス傘下の地質調査会社を79.39%取得して子会社化。重複の少ない領域を補完し合うことで事業の成長余地を広げる典型的な手法。
4.9 内装工事やプレカット加工など多角的分野への進出
4.9.1 ジオリーブグループ<3157>による丸西・ひらいHD買収
- 概要
ジオリーブグループは商業施設・公共施設の内装工事を営む丸西(仙台市)を子会社化。同時に木材プレカット加工など住関連事業のひらいHDも取得するなど、多角化を急ピッチで進めている。 - ポイント
市場縮小が予想される住宅関連分野で非住宅やリフォームの取り込みが不可欠。内装工事会社の買収でサービス領域の拡大と同時にノウハウを獲得できる。プレカット加工などサプライチェーン拡張も狙う。
4.9.2 倉元製作所<5216>による石英火加工事業の取得
- 概要
製造装置関連企業のUNOクォーツから石英火加工事業を会社分割で取得。新規事業分野の開拓、内製化強化を掲げる。ガラス基板加工の技術と石英加工技術の連携が期待される。
4.9.3 オートバックスセブン<9832>によるPCTホールディングスの子会社化
- 概要
EV(電気自動車)充電器の据付工事の需要拡大を見据え、電気設備工事会社を傘下に取り込む。自動車アフターマーケットから住宅設備工事に進出するような異業種クロスが増えている象徴的な事例。
4.10 地場ゼネコンの強化・再編
4.10.1 美樹工業<1718>のヒョウ工務店買収
- 概要
神戸市内を中心に建築工事を手がけるヒョウ工務店を買収。中小ゼネコンの技術者や協力会社ネットワークを活用し、受注力強化を図る。
4.10.2 大栄環境<9336>の栄和リサイクル買収
- 概要
すでに産廃処理大手として関西圏を主力に展開する大栄環境が、首都圏進出のため産廃収集運搬業者の栄和リサイクルを取得。建物解体から廃棄物収集運搬まで一気通貫で請け負える体制を整備。
4.11 大型公共工事・インフラ関連の再編
4.11.1 SAAFホールディングス<1447>によるユーシン買収
(前述参照)場所打ちコンクリート杭のユーシン買収が代表例。
4.11.2 JRC<6224>の高橋汽罐工業・向井化工機買収
- 概要
コンベヤー搬送設備製造のJRCが、発電所向け各種工事を手がける高橋汽罐工業や水処理プラントの向井化工機を買収。グループ内でプラント領域の設計施工~メンテナンスまで幅広く対応し、総合的なサービスを提供する狙い。
4.12 IT・DX・ソフト開発領域との融合
4.12.1 チェンジHD<3962>による東光コンピュータ・サービス買収
- 概要
森林組合向けシステム「樹海」や健診システムなど、公共・農林分野に強いソフト開発会社を買収。IT企業が地域企業を取り込むことで公共分野の案件取り込みを狙う。
4.12.2 セグエグループ<3968>のジェイズ・テレコムシステム譲渡など
(前述参照)本業のネットワークセキュリティーに経営資源を集中すべく、子会社を譲渡。不要な部門を手放す例。
4.13 海外事例
4.13.1 ヒビノ<2469>の豪InSight Systems Holdings買収
- 概要
業務用音響・映像機器の販社や施工会社を海外で買収し、アジア太平洋地域への事業拡大を図るケース。大規模会場の映像設備やイベント施工で需要を取り込みたい狙い。
4.13.2 アーキテクツ・スタジオ・ジャパン<6085>によるシンガポールSupaspace買収
- 概要
シンガポール公団住宅のリフォームに向けた安定需要を見越し、新会社の株式51%を取得し子会社化。
4.13.3 トーカロ<3433>のタイNEIS & TOCALO完全子会社化
- 概要
タイで合弁していた溶射加工・溶接加工会社の株式を追加取得し100%化。経営資源を溶射加工に集中してさらなる事業拡大を狙う。
4.14 その他多岐にわたるM&A事例
- 交換できるくん<7695>
家庭向け住宅設備機器の販売・工事でWeb注文サービスを展開し、住宅設備機器の修理・メンテナンス会社などを一挙に3社買収。BtoB領域へも展開。 - 工藤建設<1764>による日建企画買収
不動産仲介・家賃管理・入居者募集などを強化する目的。建設会社が管理業務を内製化し収益安定を狙う例。 - エルアイイーエイチ<5856>のなごみ設計買収
ベビー・子供服事業を縮小し、不動産事業を育成するためにリフォーム会社を手に入れるという異業種参入パターン。 - など多数
工事写真や建材・住設機器、EV充電設備など多様な業態が絡み合い、連携が進む。
5. M&Aによるシナジーの種類
建設業界M&Aで企業が期待するシナジー効果には、大きく以下の要素があります。
5.1 施工力・技術力の融合
- 専門分野の取り込み
杭工事、解体工事、塗装・防水、電気設備など、それぞれ専門性が異なるため、買収や資本提携で技術を一本化し受注幅を拡げる。
5.2 協力会社網の充実・地域カバー率向上
- 地方の協力会社を内製化
地場の老舗を買収して、人材・技術だけでなく、長年の取引先や地域社会との良好関係を丸ごと獲得。これによって広域展開が容易に。
5.3 顧客獲得チャネルの強化
- 異業種買収による代理店チャネル
たとえばオートバックスが電気設備工事企業を取得し、既存の自動車関連顧客に対しても「EV充電設備導入」などの提案ができるようになる。
5.4 資材調達ルートや施工工法の共有
- 資材購買力の向上
建設関連企業同士が統合すると、共通資材や機器の購入でボリュームディスカウントを得られ、原価率が下がり利益増加へ。 - 工法革新
大手ゼネコンと新工法を開発する中小専門会社の連携事例もある。M&A後、双方のノウハウを活かした新製品・工法が誕生し、競合との差別化が狙える。
5.5 ノウハウの相互補完
- 管理部門や営業部門の統合
経営資源の効率化により間接費を削減し、売上拡大とコストダウンを両立。 - ビジネスモデル転換
技術のある中小企業を買収し、グループ全体に水平展開することで新たな付加価値が生まれる。
5.6 バックオフィス統合とコスト低減
- システム・会計・人事の一体化
PM(プロジェクト管理)や会計ソフトを導入し、人事評価や給与体系、勤怠管理などを統合。煩雑な現場管理も一元化しやすくなる。
6. 成功に向けた課題とリスク
M&Aによるシナジー効果は期待される一方、十分な統合効果が得られない場合や、想定外のトラブルが表面化するリスクもあります。
6.1 企業文化・経営方針の違いによるPMI(統合作業)の難しさ
- 組織融和の問題
特に職人気質が強い会社同士の場合、経営方針・企業文化の衝突が生じるケースも多く、人事制度のすり合わせなどを丁寧に行う必要がある。
6.2 建設業特有の許認可や資格
- 業種区分・経審への対応
建設業は許可や経営事項審査の点数などが重要。M&A後に会社分割や吸収合併の手続きを行う際、許可の再取得や経審の再評価が必要になり、スケジュールが複雑化することがある。
6.3 従業員のモチベーション維持と人材流出リスク
- 元オーナーの退任リスク
ファミリー企業や親族経営が多い業界で、M&Aに伴い創業オーナーが引退すると、職人やスタッフが大量に退職する懸念がある。
6.4 M&A後における受注案件の確保と経営基盤強化
- 元親会社からの受注減少
親会社から案件を受注していた子会社が他社に譲渡されると、親会社からの仕事が大幅に減り、計画通りの業績が上げられない事例も起こり得る。
7. 今後の見通しとキーワード
7.1 インフラメンテナンスと大規模修繕
- メンテナンス市場は拡大
新規需要が減っても、インフラや建物の長寿命化・点検がますます重要になる。そこに施工力を持つ中小企業のM&Aが増えそうです。
7.2 SDGs・カーボンニュートラル時代への対応
- 再生可能エネルギーや省エネ建材
省エネを目指す建材や木材利用促進の動きなど、既存建築分野にないノウハウを持つ企業を買収して新ビジネスを広げるパターンが加速。
7.3 デジタルトランスフォーメーション(DX)・アフターサービスの強化
- 遠隔監視・自動化施工
ICT施工やBIM/CIMなどの導入が進むなか、IT企業との提携や買収による施工管理の効率化はさらに進む見込み。
7.4 海外展開と国内需要の底上げ
- ASEAN地域や北米への進出
国内市場が成熟しても、海外にはまだまだ成長余地があり、北米や東南アジアでの建設需要を取り込むために海外企業を買収する例が出てくるだろう。
8. まとめ
建設業界のM&Aは、いわゆる従来の工事会社同士の統合だけではなく、幅広い分野のプレイヤーが参画する形で進展しています。解体・廃棄物処理事業の取り込みや、IT・ソフトウエアとの連携、グローバル市場への進出など、多種多様な動きが同時進行中です。背景には、人口減少による需要の先細り、老朽化インフラの更新需要、水処理や再生可能エネルギー、さらには建設工事のIT化・自動化など多彩な要素が絡み合っています。
加えて、建設業界では人手不足や後継者問題が一層深刻化しており、地域密着の専門工事業者や地場ゼネコンを買収して人材・ノウハウを確保する動きがますます活発になることが予想されます。企業がM&Aを通じて得られるものは「施工力・技術力」「地域営業網」「人材」「工程管理能力」「アフター工事体制」など多岐にわたりますが、一方で買収後のPMIや企業文化の融合、建設業独特の許認可・経営事項審査への対応、従業員の定着施策など、取り組むべき課題も少なくありません。
それでも、国内の新設住宅着工数が伸び悩む一方、インフラメンテナンスや再エネ分野、老朽化建物の大規模修繕などの領域は拡大が見込まれる市場です。これら需要に合わせて、M&Aという形で業態や地域、異業種の垣根を超えた再編はしばらく加速し続けるでしょう。中長期的には業界の生産性向上や省力化、DX導入が急務となっており、ソフト開発企業や専門技術を持つ中小企業が大手企業にとって引き合いの強い買収対象になっていくと考えられます。
建設業界のM&Aは、企業の存亡をかけた再編から、成長のための積極策、あるいは後継者難を解決する手段まで、多彩な背景を持ちます。本記事で取り上げた2024~2025年の具体事例は、今後さらに増えていくであろう建設業界M&Aの多面性を示しており、業界構造の変化を読み解くうえで参考になるでしょう。